節電とか言っちゃって。
原田店が改装に入る、と言う事で下見に来た。
節電の名の元に第一倉庫、店舗の一階部の灯が消されている。
従業員が売り場へと向かう通路でもあるのに、これでは余りだ、杉浦は思った。
余りにも暗くて、肝試しに使われる廃病院の様だと。
だが隣に佇む菅野は若干はしゃいでいる様にも伺える。
「僕こういう雰囲気大好きですよ。水族館みたいだ。海の底。杉浦さんと二人で海の底。ロマンチックですよね」
縁起でもない、と杉浦は思う。
海の底。
「心中」と言う単語が胸の内を何度も駆け巡る。
菅野と心中。
菅野とならばそれもいいだろう。
いやいや有り得ない。
菅野と心中?御免だ。
だがそれは余りにも甘美な幻想。
心中。
海の底で二人。
「有り得ないよ」
口をついて出てしまった。
有り得ないよ。
かんちゃんと心中なんて僕はしないよ。
たくさんの携帯端末を錘にして。
二人で海の底だなんて冗談じゃない。
防水にも程がある。そんな端末。
海底で通話?
出来ない出来ない、有り得ない。
「どうしちゃったんです?杉浦さん」
崩さない笑顔で菅野が杉浦を覗き込む。
薄暗がりの中でも菅野の笑顔は輝いていてよく見える。
見えてしまう。
海の底でも、菅野は笑っているのだろうか。
「確かに有り得ないですけどね、この暗さ。モチベーション下がるよ。売りたい気分になんない。電気屋なのに電気消してるって、僕的には笑えますけど」
君はいつでも笑ってるじゃないか菅野君。
ニヤニヤなんだかニタニタなんだか。
「杉浦さん変ですよ?どうかしたんですか?」
ニタニタと杉浦を試すように笑う。
何が愉しくて君は笑ってるんだ?
「暗いと変な気分になっちゃいますよね。僕だけかな?杉浦さんは?」
その台詞を合図に、杉浦は菅野の口を塞いだ。
自分の口で。
黙っててくれないか菅野君。
うるさい。
君はお喋りすぎる。
海の底なら言葉なんか無くて当然なのに。
2階売り場出入口の扉の開く音が聞こえるまで、杉浦は菅野の口を封鎖し続けた。
20090522完