今思うと、ヘルパー時代の菅野はすこぶる可愛かった。
ように、思う。

本質は変わってはいないだろう。
変わったのだとすれば、それは杉浦の方だ。

菅野に対する態度が変わった。
何故か気にかかる。
何故か視線が交わる。

あの大きな目。瞳。小動物の。

思わず呟いてしまう。
キスの合間に。

「こんなんじゃなかったよね、君」
「何がです?」

舌を絡ませながら。
唇を啄ばんで。
生暖かい菅野の口内。

ここはエルデータ秋田営業所内マエデン販路部。
スーツ姿で、身長の高低差がすこぶる有る二人の男性が、抱き合って。

キスを楽しむ。

「こんなんじゃなかったんだよなぁ、イメージが…」
杉浦が呟くと、菅野は覗き込んでくる。

「僕の事ですか?どんなんだったんです?」
「そうだなぁ…女性にモテそうって言うか」
「はい、モテますよ」
「うん、そうだね…って言うか、女性を好きそうって言うか」
「はい、女好きです。いい女が好きです」
「はっきり言うなぁ…うん、そう、はっきり言う子だなぁとは思った」
「はっきり言いますよ?」
「そうじゃなくて、歯に衣着せぬって奴だと思ってたんだけど、そうでもないんだよね、かんちゃんて」
「どうなんです?」
「君は厭味を言う時だけ、婉曲に発言するよね」
「そんな事無いですよ?」
「そんな事、あるよ」

勢いに任せて菅野の細い体を抱きしめる。
折れそうに細い。
女性の体と違って、筋張っていて、堅くて、そして小さくて。

杉浦の中で、パーフェクトに近い人物。
それが菅野だ。

身長でなら勝てる。
身長でしか、腕力でしか、勝てそうに無い。

その腕力さえも菅野どころか、今まで付き合ってきた女性に対して行使した事は無い。
パワーで相手が負けるのを判っていて、それを使うのは卑怯だと考えている。

だから結局、菅野には、全てにおいて勝てない。

仕事の情熱。
家庭への奉仕。

杉浦への、ストレートな感情。

どれ一つ取っても、菅野には敵わないと思わされる。
特に仕事で。

勝てない。
このままでは出世レースで負けてしまうだろう。
それでも。

それでも、いや、そうなればそうなったほど、自分は菅野に忠誠を尽くすだろう。

それが、杉浦の、菅野への愛情表現だ。

抱きしめた菅野をそのまま垂直に持ち上げてみた。
軽くて毎回、ちょっとした衝撃を受ける。
この体重で、あのスタミナ、あのパッション。

今度は上から覗き込むように、菅野が杉浦を見つめる。

「抱っこなんてこの年齢でされると思いませんでしたねぇ」
「気分は?」
「悪くないです。僕は甘えっ子なんで」
「末っ子?一人っ子?」
「いいえ、長男です。お兄ちゃん。下に妹と弟がいます」
「君んちのチビちゃんたちの構成と一緒だね」
「長男だから、甘えっ子なんですよ。甘えたいのに甘えられないから」
「ふぅん…」
「まぁ長男ってだけで、上に姉もいますけどね」
「じゃあ構成比違うじゃないか」
「そうですよ?同じだなんて僕、一言も言ってません」

笑いあう。

菅野が杉浦の頭を両腕を廻して抱き寄せる。

「杉浦さんは、僕の半分なんだ、きっと」
「半分?」
「重くないですか?降ろしてください」
「うん」

ゆっくりと、菅野を床に置く。
今度は見上げてくる。

「僕は半人前です。杉浦さんっていうピースがハマって丁度一人前なんです」

にっこりと笑って。

それじゃあ僕も半人前って事なんだな、と杉浦は心の中で考える。

半分しかない自分たち。
埋め合わせる為に、相手がいた。

こんなにも多くの人類の中で、たった一人に出会えた。

「こんなんじゃなかったのになぁ」
「どうだったんです?」

杉浦は、自分自身の変化に衝撃を隠せないでいるだけだ。


20091119完


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