支店のその部屋には、杉浦と菅野だけが残っていた。
20時。

ビルの外、空は暗く、雨が降っている。
台風の影響。風が強そうだ。

菅野が杉浦を見上げた。

「さて、平塚課長にメールしときますか」

そう言ってコートから、業務用端末を取り出す。

杉浦は苦笑しながら頷く。
「承認されなきゃ出掛けられないね」

菅野は両手で携帯電話を持ち、素早く文字を打ち込みながら、杉浦を見ずに答える。
「大丈夫ですよ。僕、信用されてますから。信用されてなくたって、報告さえすれば殆どはOK出ますし。僕もそうしてます」

それを聞いて、杉浦は思い出した。
そう言えば。
「今日は原田で、ブロバンの歓迎会やるんだったよね」
手を止めて、菅野が杉浦を見つめる。
「あ、そうでしたね。歓迎会って、辺見さんが戻ってきたからそれをネタに飲み会するだけでしょ?」
「その通りだと思うよ」
「竹中さんのメール、面白かったですね」
「ああ、『帰ってきた辺見ちゃんを大歓迎するモバイルの会』だったっけ?」
「確かに、場所と時間の他に目的も報告してって言いましたけど…あんな報告メール寄越すのは竹中さんくらいですよ。僕すぐに承認メールしました」
クヒヒ、と菅野が妙な笑い方をした。

8月にモバイル担当から外れた辺見を、杉浦は精一杯努力して、10月からブロードバンド担当に滑りこませた。

元々、辺見はマエデンに直接的に雇用された派遣社員だ。
派遣会社を通して、「マエデン原田店」の「エルデータに注力するモバイル全キャリア担当」と言う、とても微妙な立場にいた。

竹中もやはり派遣会社に籍を置くが、こちらはマエデンではなく直接的にはエルデータモバイルの派遣社員と言う形になる。
マエデン上層部は、数字の奮わないエルデータモバイル担当から辺見を解雇にしたのだが、杉浦は辺見を見捨てなかった。

空席だった原田店エルデータブロードバンドに辺見を据えた。

そして10月12日の今日。
元々仲の良かった仲間が戻ってきたと言うので、原田店モバイルコーナーは辺見の復活祭を開催する。

「正直言うと、僕は菅野くんに叱られると思って必死だったんだよ」
杉浦は告白する。

不思議そうな表情をして、しかし口元は笑顔のそのままで、菅野は杉浦の顔を見つめた。
「叱られる?僕が杉浦さんを叱るんですか?どうして?」
「だってさ…ああ、平塚課長にメールしたかい」
「はい、送信済みです。返信待ち」
「ああそう…うん、辺見ちゃんをね、そのままにしといたら、きっと君は面白くないだろう?」
そう言うと菅野は微笑んだ。

「うん、はい、そうですね。面白くないです。スタッフを…エルデータに関わったスタッフを蔑ろにする行為は僕は嫌いですね。特に派遣スタッフ。大事にしたいです」
「そうだろう。そう言うと思ったからね」
杉浦も微笑んだ。

「僕は菅野くんに叱られたくないから、必死で辺見ちゃんに戻ってきて貰ったんだよ」
「竹中さんにもお願いされたんでしょ?」
「うん、されたね。『辺見を戻して頂戴!』って泣かれたよ。結局モバイルには戻せなかったけどね」
「それも竹中さんに何か言われたでしょう」
「うん。『スギサマのバカ!ブロードバンドなら竹中の方が上手く出来るわよ!辺見なんかパソコンも持ってないのよ!?』って」
「…杉浦さん、竹中さんの真似、上手ですねぇ」
「そうかい?まぁ…結果的には辺見ちゃんにブロバンやってもらって良かったと思うよ。下手に余計な知識が無いだけ良かったみたい」
「そうみたいですね。竹中さんと辺見さんはいいコンビだ。お互い助けあって契約やってるみたいですね」
「うん、そうなんだ」

菅野の携帯電話が鳴った。
「はい、平塚課長からです。飲み会承認出ました。僕と杉浦さんの二人飲み会」
ニコニコと笑っている。
嬉しそうに。
杉浦は自覚している。

僕は、菅野くんよりももっと嬉しそうな顔をしている筈だ。

久しぶりの仙台会議。
菅野と顔を合わせて。
会議中に送られてきたメール。

『今日中に秋田に戻るんですか?』

返信は、『かんちゃんが泊まれって言うなら泊まるよ』。
その返信は『なら上長命令です。一泊しましょう』

杉浦は尋ねた。
「なんて報告したの?」
「適当に居酒屋の名前打ちましたよ。一次会で終われなんて冗談じゃないです」
ニヤニヤ笑いながら、菅野は杉浦の手を取った。
自分の頬に当てて。

「コンビニでビール買って、そのままシケこみますよ」
「シケこむ…って…下品だなぁかんちゃんは」
「言い直します。『ヤリまくりに行きますよ』」
「サイテーだな君は」
「でもそんな僕も、嫌いじゃあないんですよね?」

その通りだ、と言う意味で、杉浦は菅野の広い賢そうな額にキスをした。


20091009完


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