笑っているから、安心する。

菅野はいつも笑っている。
口の端を上げて、歯を見せて、綺麗に笑う。
笑い方が綺麗だ。

その笑顔は、確かに作った表情ではあるのだけれど、それでも不快に思えない。
努力した笑顔。
好きだ。

杉浦は、菅野のその表情がとても好きだ。

売れない時でも、菅野は笑っている。
次に何をするべきかを考えている。
前だけを見ている。
振り向かない。
菅野の前にだけ、道はある。
真っ直ぐに。

菅野は分厚い新書を読んでいた。
そういった書籍を菅野が読む姿は、初めて見る。

営業所内で、一息ついて。

「かんちゃん何読んでるの」
尋ねると、菅野は本から目を離して、杉浦を見つめ、口の両端を上げて、笑顔になった。

「中学生がクラスメイトを殺してく奴です」
「ああ」

わかった。
映画にもなった、あれだ。
随分古いな。
そう思ったが、杉浦はそれを読んでないし、映画になった物も観てはいない。
残酷な描写があるものは、苦手だ。

「話題になった時に一度読んでるんですけどね、読み返してみたら…ちょっと面白くて」
「面白いの?」
「僕は好きです」
「ふうん」

日本ではない日本で、中学生がクラスメイト同士で殺しあう。
そんな感じだったと思う。

「あのね、杉浦さん」
「うん。なんだい」
「杉浦さんと、名前が一文字違いの登場人物がいるんですよ」
「そうなの?悪役だったら嫌だな」
「違いますよ。かなり印象的な、魅力的な生徒です」
「生徒?」

ならば、その人物は死んでしまう運命にある。
その小説の中の「生徒」は、殆ど死んでしまうはずだ。

自分と一文字違いの登場人物。

「すぎむらひろき、って言うんですけど。空手やってる。で、彼に与えられた武器もいい。ああ、生徒達には武器がランダムで与えられるんです」
「なんとなく知ってるよ」
「すぎむら君の武器は…そうですね、GPS。敵がどこにいるか判るって奴。携帯電話みたいでしょう。杉浦さんっぽい」
「そうかな」
「すぎむら君には大切な人が二人いる。そこも…似てるでしょう?」
「え?」
聞き返した。

菅野を見つめ返す。
大きな瞳で、杉浦の表情の変化を探っている。

「すぎむら君の大切な人その一。幼なじみの女の子。その二、好きな女の子。すぎむら君は、幼なじみの最期を看取りますが、好きな女の子に殺されちゃいます」
「似てないよ。僕には似てない。僕は、そんな状況におかれていない」
「そうですねぇ。僕は、杉浦さんを殺したりはしませんしね」
菅野はニタニタと笑っている。
試しているのか。
杉浦の反応を、愉しんでいるだけなのか。

菅野に殺される自分が頭に浮かんだ。

妻の最期を看取る自分も想像してしまった。

頭を振って、妙な妄想を追い出す。

「逆かもしれませんしねぇ」
「何が?」
菅野はクスクス笑う。
少しだけ、嫌な気分になる。

「僕の最期を看取った杉浦さんが、奥さんに殺されるのかもしれないしね」

嬉しそうに笑っている。

冗談じゃない。
そんなブラックジョーク。
冗談じゃない。

「業務中に、そんな小説読まないでよかんちゃん。仕事して」
「あと5ページだけ。ちょうどすぎむら君が出てる所なんで」
「後にしなさい。日報の整理終わってからにして」
「はーい」

しおりを挟んで、本を閉じた。

その間も菅野はずっと、口の両端を上げて、ニヤニヤ笑っている。

菅野の笑う顔。
好きだ。
楽しそうで、好きだ。

自分はからかわれているだけなのに、情けない気分と一緒に、菅野の笑うのが見られるから、気持ち良さまで感じてしまう。

菅野の笑顔に安心する。
変わらないからだ。

そうして杉浦は、心地好い、変化の無い安定…平穏な今日を愛おしいと思う。


20091007完



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