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有料道路を北上。
最果ての店舗、原田店へ向かう道のり。
「忌ま忌ましいねぇ」
運転している杉浦が微笑む。
「何がです?」
助手席の菅野が問う。
杉浦は、一瞬菅野を見て、すぐに本線に視線を戻す。
「何って、こいつらだよ。毎年困らせられる」
道路の両脇に見えるのは、秋田杉の林。
ああ、と菅野が納得する。
「花粉症でしたっけ、杉浦さん」
「そう。名前負け」
「名前負け、ってそういう時に使うんでしたっけ?」
「違うと思うよ」
二人で笑い合う。
「もう名城に入ったんですねぇ。この道路出来てからはやっぱり早いな」
「そうだね。でも帰りは下行くよ。急ぐ事無いし」
「はい了解です」
のどかな秋の陽射し。
秋田杉の林を抜けると、次は黄金色の田園風景。
「菅野くんちは米、どうしてるの?」
「うちは買ってますよ」
「そうなの。僕は美由紀の実家から貰ってる」
「農業?」
「うん。美由紀のお兄さんが継いでるんだけどね。お兄さんから分けて貰ってる」
「いいなぁ。新米、いいなぁ」
「貰ってあげるよ。うち、一俵貰ってもね…僕が外食多いからねぇ」
「ホントですか?嬉しいなぁ。エンゲル係数高くて、うち」
「そうだろうねぇ。五人家族だもんね」
「助かります」
「うん」
菅野はニヤニヤといつもの笑顔のまま、顔を窓の外に向けた。
「米の話してると、すぐに雪降りますよ。年末年始の事考えないとね」
「そうだね。スタッドレス、注文しなきゃなぁ」
「ね。一年なんてあっという間ですね」
「早いよね。去年…何してたっけなぁ、僕」
「去年の今頃はね、杉浦さんと僕はね、…何してたっけなぁ」
「忘れちゃうね」
「ホントに」
日々に追われて。
昨日の事さえ定かではない程に。
「…ああ、去年の冬モデルを思い出せばいいんですよ」
「何だった?」
「ええとね…ほら、マルクスが出ましたね」
「ああ、そうだね」
「在庫無くてね、泣きましたねぇ、どの店舗も」
「君は泣いてなかったよ。一人でマルクス完売させたよ」
「覚えてましたか」
「君の事は。強烈だったからね」
「そんなにインパクトありました?」
「あったよ。去年の冬は、まだ君はマリンポロを着てた」
エルデータの量販店用ユニフォームは、ネイビーブルーに白いラインの入ったポロシャツ。通称マリンポロ。
「似合ってたね」
「冬はマリンポロじゃないですよ、さすがに。上に長いの羽織ってました」
「そうだね」
そうだった。
ネイビーブルーのベンチコート。
それを着た菅野は、やはり動物に見えた。
杉浦の目には、ペンギンに見えた。
小さな体に大きめのベンチコート。
チマチマと歩く様が、飛べない鳥によく似ていたのを思い出す。
思い出して、笑ってしまう。
「あれはあったかくて良かったですよ。重たかったけど」
「だろうね」
「現場、楽しかったなぁ」
「売るの、好きなんだもんね、菅野くんは」
「ええ。売るの大好きですよ」
「今の仕事は?」
「そうですね…デスクワークも、嫌いじゃないです。考える作業は好きですよ。でもやっぱりね、何よりね」
菅野の右手が、ハンドルを握る杉浦の左手に触れる。
「杉浦さんと一緒に仕事出来るのは、楽しいですね」
助手席から菅野があの大きな目で見つめて来るのを感じる。
運転中。よそ見は危険。
だから、菅野を見ずに、真っ直ぐ前を見ていた。
「ね」
菅野が覗きこんで来るが、危険運転はしたくないから、杉浦は無視を決めこんだ。
20091003完
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