裏道をどんどん進むと、見たことのある丘の下に出た。
階段があって、その上に美由紀が待つ神社があるのを僕は知っていた。
「さあ早く、杉浦さん、行って行って」
運転席から菅野くんが急かす。
そうか、かんちゃんも急いでいるんだよな。
僕は自分の事で頭が一杯で、かんちゃんの事まで考えられなかった。
「かんちゃん、ありがとう。また後でね」
「後で?」
それまでいつもの笑顔だった菅野くんが、首を傾げる。
「後ではないですよー」

あれ?
行き先が違うのだろうか。
僕達とかんちゃんちでは、たどり着く先が違うのだろうか。
菅野くんが、助手席から降りない僕を見つめる。

「…杉浦さん、知らなかったの?それとも忘れてるんですか?」
「何を?」
「ルールは『ペア』です。『番い』とか『パートナー』って事じゃあ無いんだよ」

え?

菅野くんは続ける。
「だから、うちのは長男とペアです。長女と次男がペア。僕は余っちゃいました」

エヘヘと恥ずかしそうに笑っている。
そんな笑い方を見たのは初めてだ。

「かんちゃん、一緒に逃げる相手がいないのかい」
驚いて尋ねる。
「そうですよぉ。僕、一人です。だから早く。杉浦さんは逃げないと。奥さん待ってますよ」
「かんちゃん」
「同じ種類の動物じゃないとペアになれないってルールも痛いなぁ。ルルカは元気ですか」
「大丈夫…だと思う」

そうだ、確かうちの猫は、ペット病院で知り合った波多野さんちのヴィヴィアンと一緒に逃げられる事になったはずだ。
美由紀が泣いて、安心したのを僕は覚えている。

「かんちゃん」
「なんです?そろそろ行かないと」
「かんちゃん、ごめん」
「何を今更ぁー。気にしないで下さいって」
「かんちゃん、僕も残るよ。かんちゃんといるよ」
「二人で海の底ですか?嫌ですよ、冗談じゃないです」
「かんちゃん」

僕はかんちゃんの手を取ろうとした。
かんちゃんはそれを払って、それでも笑顔で。

「杉浦さんが生き延びてくれるなら僕はいいんで。バイバイです、杉浦さん」

かんちゃんは笑顔。
笑顔で。
泣きそうな顔もしていない。

泣いているのは、僕だった。


自分の渇いた嗚咽で目を覚ました。

なんて卑怯なんだろう。
なんて僕は汚い人間なんだろう。
僕は美由紀と別れられない。
だけどかんちゃんを離したくない。

随分長い間、それについて考えていて、結論なんか出せずにいて、そんなものは出さない方がいいんだと思い込んで、色んな事から逃げていた。

今見た夢みたいな事があったら僕はどうするんだろう。
やっぱり僕は美由紀を選んで、かんちゃんの事なんか頭の隅にもなくって、最後にかんちゃんを失ってしまうんだろうか。

僕は汚い。
僕は卑怯だ。
僕が今、泣いているのは、何も知らない美由紀が不憫だからじゃない。
かんちゃんが可哀相だからじゃない。

僕と言う人間が余りにも醜くて、情けなくて泣いているんだ。


「杉浦さん」
隣で寝ていたかんちゃんを起こしてしまったみたいだ。
それでも僕の嗚咽は止まらない。
「ちょっと、どうしたんです杉浦さん」
かんちゃんは僕の体の方に頭を寄せてきた。
手を僕の胸に置く。
「怖い夢見たんですか。子供だなぁ。うちの子みたいだ」
ポンポン、と僕の胸を軽く叩く。

「今年最後の台風ですね、きっと」
かんちゃんが言った。

窓の外は大雨。荒れている。

寝る前に二人でニュースを見ていた。
近くの川が増水していると言っていた。
水が増えて。
ザブザブと音がして。

世界中に二人っきりみたいですね。

かんちゃんがそんな事を言ったから。

僕は夢の中で決壊してしまったんだ。



20090916完




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -