水位が上がっているとの情報が流れて、道路は更に混雑した。

妻に電話を入れる。
てっきり怒っているものだとばかり思っていた美由紀は、電話の向こう、確かに微笑んだ。

ヒロキくんがゆっくりなのは知ってるから。
大丈夫、慌てない慌てない。
待ってるから。
落ち着いていらっしゃい。
慌てないで、ゆっくり、落ち着いて。

それを聞いて僕は酷く安心した。
美由紀は怒っていない。
待ち合わせ場所の、あの高台の神社で、僕を待つと優しく言ってくれた。

だけれど僕ときたら、世界が終わる最後の日だと言うのに仕事に追われて。
やっと送るべきメールを送った所だ。

全員から返信も来た。
よし、大丈夫だ。
秋山も宮川も、岡部も辺見も竹中も、全員相手を見つけて避難したそうだ。
良かった。
僕は安心した。
満ち足りていた。

僕の知る人々は一人残らず脱出出来る。
相手を見つけた。
良かった。
なんとも言えない満足した気持ちで僕は営業所を出た。

道路は酷く混雑している。
さあ僕はどうしよう。
美由紀が待つ神社まで、かなり距離がある。
高台の神社。
歩いて間に合うだろうか。
タクシーは拾えるだろうか。
美由紀は待つと言ってくれた。
だけど急がなくては心配するだろう。
急がなくては。

「杉浦さん!」
道路から。
車から。
菅野くんだ。
「かんちゃん」
「何ボンヤリしてるんですか。乗って乗って」
急かされて、助手席に乗り込む。
大混雑。大渋滞。
「かんちゃん、車で移動するより歩いた方がいいよ」
「そうですか?大丈夫ですよ。方向一緒だし、相手見つけてるんだからそう急がなくても間に合います」
「水位が上がってきてるんだろ」
「そうですねぇ。でもまぁ、大丈夫ですって。杉浦さんは神社まで?」
「うん、そう」
「裏道行きますね!」
菅野くんは相変わらずの荒いハンドル捌きで、いきなり左の小路に車を向かわせた。
これだからかんちゃんに運転させたくないんだ。
性格がモロに出る。

しかし良かった。かんちゃんに会えて。
かんちゃんだけは最後の最後まで連絡が取れなくて、心配だった。
かんちゃんもきちんと奥さんとどこかへ避難出来るんだろう。
姿が見られて良かった。
安心した。

クラクションの音が鳴り響く。
菅野くんが微笑んでいる。
「慌てなくたって、相手がいるなら安心したらいいのに」
全くそう思う。
ペアになれたら一人残らず避難出来るんだから。
一人の人はどうするのだろう。
相手が見つからなかった人はどうするんだろう。
知った事じゃない。
僕には美由紀がいる。
菅野くんには奥さんがいる。
逃げられる。

この海面から。
海から。
水から。

世界の最後の日。
今日でこことはお別れだ。
早く美由紀に会わなければ。





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