妻の猫が鳴いている。
杉浦はそれを不思議そうに眺めた。

毛の長い真っ白なチンチラ。
毛が膨らんでいるから大柄に見えるが、実際の目方は驚くほど軽い。

「どうしたの。今日はやたら鳴いてるね」

帰宅して、上着を渡しながら妻に問う。
妻の足元で猫は必死で鳴いている。
妻が苦笑する。

「病院に連れて行ったのよ、今日。注射されたら怯えちゃって」
「そうなの」
「今日は酷く甘えっ子なのよね。ねぇルルカ」
「ふぅん」

興味は余り無い。
妻の飼い猫であって、自分の猫ではないと杉浦は思っている。
その名を呼ぶことも滅多に無い。
頭を撫でてやる事もさほど無い。
そう言えば、この猫のこんな鳴き声を聞いたのだって今日が初めてではないだろうか。

この猫にしても、杉浦に甘えて来る事も普段は無い。
妻にもそれほど懐いているようにも見受けられない。
しれっとして生活している。
部屋を間借りしている居候みたいなものだと、杉浦は思っていた。

杉浦が寝室に入ろうとすると、何故か猫は走り寄ってきた。
「なぁに。入れないよ。寝室は駄目」
猫に言い聞かせる。ドアを薄く開けて、杉浦だけ入る。
閉めても、外の廊下から猫の鳴き声が聞こえてきた。

入れてよ。ヒロキくん入れてよ。

そう言っている様に聞こえた。

着替えをパジャマに済ませて居間に戻る。
食事は菅野としてきた。既にメールで連絡してある。
テレビはニュース。
ソファもあるが、フローリングに敷かれた小さめのマットの上に腰を下ろした。
胡坐をかいて、リモコンを持つ。
軽くザッピングをして、映画のチャンネルにする。
一昨年、妻と一緒に映画館で観た気がするタイトル。

妻がトレイに瓶ビールとグラスを乗せて持ってきた。
猫も追いかけてきた。
猫はそのまま杉浦の膝に乗り、体を休めるようにして落ち着いた。

「…どうしたのこれ。甘えられてるの?僕」
「そうみたい。珍しいね」
妻がクスクス笑う。
杉浦の目の前にトレイを置く。グラスを持つと妻が瓶を持ち、注いだ。

「こんなの初めて見たよ」
杉浦は少しだけうろたえている。
こんなに甘える飼い猫は初めて見たからだ。
そうね、と妻が笑う。

「ヒロキくん、つまみはどうする?」
「んーと、食べてきたからなぁ。ポテチとかそういうの」
「子供味覚よねぇヒロキくんは」
「…ルルカもポテチ、好きでしょう」
「そうよ、好きよ。よく知ってるわね」
「知ってるよそれくらい」
何故かムッとしてしまって、唇を突き出した。
妻がまた笑う。

「さっきのヒロキくんも面白かったよ。はじめてじゃない?ルルカとお喋りしてたわ」
「そう?いつ?」
「着替える前よ」
「そうだったかな?」
忘れたふりをした。

膝の上で、ルルカがゴロゴロと喉を鳴らしている。


20090904完


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