野良猫が、たくさんいた。

「目が光ってますね。不気味だなぁ」

21時過ぎの滝口店からの帰りの国道沿い。
キラキラしたネオンに惹かれてホテルに入ろうと車を左折。
林の中にあるホテル。
細い道の傍らで、野良猫の目が車のライトに反射して、光った。
全部で5組。
親子だろうか。

「猫だねぇ」
「猫ですねぇ。ルルカは元気ですか」
「元気なんじゃないかな。僕構わないからわかんないよ。美由紀の猫だから」
「子供代わりじゃないの?」
「美由紀にしてみればそうなんだろうけどね。僕は…猫は苦手だから。かんちゃん、どの部屋にするの」
「ジェットバス!あ、ここでいいですよ。ゲーム機あるっぽいし。ルルカってチンチラでしたっけ?幾らしました?」
「幾らだったかな。8万くらい?」
「それって高いんですか、安いんですか」
「さぁねぇ」
言っている間に車を停めた。
コテージスタイル。

先に杉浦が運転席から降りる。
シャッターを降ろす。
それから菅野が出る。
二人で隣の部屋のドアを開ける。

チャイム音。
玄関に明かり。
機械の音声、「いらっしゃいませ。当ホテルでは」。

中に進む。
目に飛び込んでくるベッド。
白い壁とフローリング。

「悪くないですねぇ」
菅野がニヤニヤと笑う。
杉浦はスーツを脱ぎ、ハンガーに掛ける。
ネクタイを緩める。

菅野はスーツのままで風呂場へ向かった。
その後姿を眺めて、それから杉浦はテレビを付けた。

いきなりアダルトな画面になる。
女の嬌声。
驚いて、チャンネルを変えた。

そういうDVDを全く観ない訳でもない。
嫌いではない。好きだ。
柔らかそうな女性。肌理の細かい肌や、長くて美しい髪や、それらの女性らしいものは、それなりに好きだ。

だが、今は見たくない。

菅野に集中したいから。

チャンネルを幾つか変えて、杉浦の指が止まった。

何匹もの子猫が、画面一杯に写っている。
アメリカンショートヘアだ。
杉浦の妻が、最後までチンチラと悩んだ種類。

丸くて大きな目をした子猫たち。
ちまちまと動いて。
キャットタワーを行き来して。
ダンボール箱の中に目一杯詰まって。
餌をねだる声。
眠る子猫たち。

「何見てるんですか」

菅野の声で我に返った。
「何見てるんですか、ニヤニヤして」
そう言った菅野はもっとニヤニヤしている。
自分は笑っていたのだろうか。
杉浦は恥ずかしくなり、菅野の視線から逃れようとベッドの端に腰を下ろした。
菅野も隣に座る。
視線が気になる。
ずっと、俯き加減な杉浦の横顔を見つめてくる。

「猫、好きなんじゃないですか」
菅野が言うから、チャンネルを変えた。
さっきのアダルトな番組。
まさにフィニッシュの場面で、これもまた失敗したな、と杉浦は嫌な気分になる。
女優の顔に白濁した液体が掛けられている。
そんな画面に気をとられず、菅野がまた、言った。
「杉浦さん、なんだかんだ言って猫、好きなんじゃないですか」
「嫌いだよ」
「そうですか?食い入るよーに見てましたよ」
「そんなことないよ」
「猫、ルルカ、好きなんでしょう」
「別に。毛は飛ぶし鳴くとうるさいし、嫌いだよ」
「そうですか?」
「そうだよ」
言って、菅野の腰を脇から引き寄せる。
菅野が杉浦の胸元に頭を傾けた。
「かんちゃんは好きだよ」
「…毛は抜けてるみたいですけど」
「抜けてないよ、気にしすぎなんだって」
菅野の唯一とも言えるコンプレックスを刺激してしまったようだ。
少し、笑ってしまう。

さっきの子猫たち。
似ていると思っただけだ。

大きな瞳と小さな体が、菅野に似ていると思っただけだ。
それから、菅野の子供たちにも似ていた。
そう思っただけだ。

猫は、嫌いなんだ。

「雨、降ってきてますねぇ」
菅野が杉浦に腕を回して抱きついてきた。
細い腰を、撫でた。
「雨、そうだね。降ってるみたいだね」
外から雨の音。

車の中から見た光る目。
猫の親子らしきあの光る目。

こんな雨の日は、親子で丸くなって眠るのだろうか。
どこで?
寒くはないのだろうか。
雨宿り出来る場所でもあるのだろうか。

「何考えてるんですか、杉浦さん」
菅野が見上げてくる。

猫のことを考えていたとは言えなくて、菅野の唇にそっと自分の唇を重ねた。
口封じ。


20090902完


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