いい風だ。
山から降りてくる涼しいみずみずしい風。
天気は良いが陽射しが強すぎる事も無い。
絶好のキャンプ日和。

「ミツキ、パパから離れるなってば」
「うんーあーちょうちょだこわい、こわいよすぎうらさー」
「うわ!ちょうちょだ!かんちゃんちょうちょだ嫌だうわぁ」
「情けないなぁ二人とも…杉浦さん、バタフライだと思えば怖くないよ」
エルデータの目玉商品とも言える端末の名称を引き合いに出される。

じゃがいもの皮を剥く手を止めて、菅野が二人を眺めた。
小さな蝶がヒラヒラ舞っている。
大きな杉浦と小さな長男が逃げ惑っている。
足元には鍋一式がある。
火は付いていないが、危なげだ。

「ミツキ、こっちにおいで。パパの傍にいなさい」
「パパやっつけてー」
「パパも虫嫌いだから嫌です」
「そんな事言わないでさぁー」
「情けないなぁ杉浦さんは…キャンプですよキャンプ。虫くらいいるでしょう。そんなに嫌なら来なきゃいいのに」
「かんちゃんが誘うんだもん。虫よけスプレー、効かないじゃないか」
「デカい図体して泣きべそかかないでください。ミツキと同じレベルですね」

蝶に追われて、少し汗をかいた。
悪くはない暑さ。

菅野の長男が父親の脚に抱き着く。
菅野はひたすらにじゃがいもと格闘していた。
杉浦は所在無さげに菅野親子の後ろに近寄る。

「かんちゃん、僕にも仕事ちょうだい」
「無いんですよ。他の食材は全部切ったし。炒める係やらせてあげますから、それまでミツキと黙ってここでお喋りしててください」
「黙ってお喋りって難しいなぁ。暇だよかんちゃん」
「ひまだよパパちゃん」

包丁を使う菅野。
黒いジャージの上下。
お揃いジャージの息子。
足元も生意気に同じスポーツブランドの靴。
杉浦はテニスの時に使っている白いジャージを着てきた。
失敗だと思った。
これは、汚れる。

空は真っ青で、トンボも飛んでいる。
トンボなら大丈夫だ。
近くには寄ってこないだろう。
捕まえろと言われたら断るが。
顔、目が怖い。
繋がっているトンボ。

夜になれば菅野の長男は、キャンプ場から少し離れた場所にあるバンガローへ母親や妹と移動する。

杉浦と菅野の妻は水を汲みに出かけた。
涌き水があるそうだ。
一緒に行けばよかったか。
水は意外と重いのではないだろうか。
菅野家の次男は、妻の実家に預けて来たそうだ。

夜になれば、テントの中で二人きり。
菅野と。

言い出したのは菅野だった。


野外、ってのもスリルあっていいですよねぇ。ね?


スリルだらけだ。
お互いの家族までもがスリルの為の材料とでも言いたいらしい。
納得してついてきた自分も自分だ。

秋の空。
山の匂い。
木の匂い。
青い匂い。

「はい杉浦さん、炒める係ね」
紙の皿に盛られた食材を受け取る。
菅野がまた、ニヤニヤ笑っている。
つられて笑ってしまう。

「すぎうらさんはやくーはやくー」
菅野の長男が足に纏わり付く。
自宅の飼い猫を一瞬だけ思い出した。


20090831完

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