振り回される事に意義がある。
ああ、違った。
字が違う。

振り回される事に、
「異議があります!」

宮川ヒデイチ(22)は遂にその言葉を口にした。

杉浦と菅野がこちらを向く。

菅野がニタニタと微笑んでいる。
「なんだよ襟足王子ぃ」
嬉しそうに。

隣の杉浦は首を傾げている。
「エリーちゃんどうしたの急に」
不思議そうに。

宮川は爆発した。
売り場で爆発してしまった。

「その変なあだ名、やめてください。俺は宮川ヒデイチです。襟足王子とかエリーちゃんとかじゃありません」
「うん、知ってる。当たり前じゃないか。襟足王子なんかじゃ契約出来ないからね」
「そういや宮川くん、いつの間に襟足切ったの?確かにそれじゃエリーちゃんとは呼べないね」
からかう菅野と天然杉浦を眼前に。
ぐっと両方の拳を握りしめる。

「杉浦さんと菅野さんに、変な呼び方されたくないから切りました」

そう言うと菅野は残念そうに
「じゃあ今度からなんて呼びましょうか杉浦さん」
杉浦は杉浦で、顎に手をあてて思案する。
「やっぱここは、タケちゃん方式に則って、ミヤサマ…かなぁ」
「いいですね!さあミヤサマ!お客様に向かっていい笑顔で手を振るんだ!」

誰が。
誰がそんな事を。

遠くの携帯コーナーから、岡部が眼鏡を反射させて心配そうにこちらの様子を伺っている。

大丈夫だ岡部っち。
俺はクールだ。
バカンノよりもダメウラよりも、俺はかなりクールだ。
畜生バカコンビ。
いつもいつも振り回しやがって。

何がどうしてこうなったか。

原因はいつもの様にバカコンビ。
急に滝口店にやってきて、まずは菅野が言い放つ。
「襟足王子!どうなの今月。ハイジマにやられっぱなしじゃんか!どうしたんだよー」

次に杉浦。
「エリーちゃん、このままじゃ異動だよ。どうする?本店来るかい。なんとか枠作るけど、他に遊びに行きたいなら僕止めないよー」

確かに今月、滝口店エルデータブロードバンドは伸びていない。

月初に、宮川は風邪をこじらせて肺炎になり、入院した。
その間1週間。

杉浦菅野は応援を寄越す訳でもなく、かと言って自分達が入る訳でもなく、滝口店エルデータブロードバンド、つまり宮川を見放した。

1週間の空白。
埋めるのは至難の業。

そんなに。そんなに数字にこだわるなら、俺の代わりを寄越せばいいのに。
本店なら人もいるじゃないか。
どうして一人も出せないってんだ。

嫌がらせだ。
パワハラ?違う。
バカハラだ、バカコンビが!!

杉浦がフニャフニャした笑顔を見せる。
「なんだい、もしかして月初の事気にしてるのかい?大丈夫だよ。入院してた分、出勤して取り返せばいいだけだもん」
菅野が頷く。
「ミヤサマはエースだからね!期待してるよ!後半休み無しで目標クリアだ!!」

宮川は切れた。
クールに切れた。
それは静かすぎて、見守る岡部からは確認出来なかっただろう。
宮川はニッコリと微笑んで、杉浦菅野を見比べた。

「売り場でする話でもないですね…ちょっと、煙草吸いに行きませんか」

いつもは無気力そうな無表情の宮川が、ニッタリと笑っている。

応える菅野もニヤニヤ笑っている。
「面白そうだなぁどうしたのミヤサマ。うん、煙草吸いに行こう!」
「僕も?僕も行くの?」
「ええ、杉浦さんもですよ」


携帯コーナー岡部から確認出来たのは、三人が揃って売り場から出て行く姿だけだった。




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