17時の営業所内。
さっきから杉浦と菅野の携帯には、ひっきりなしでメールが届く。
各店舗からの報告メールが届く時間帯。
それらは後でまとめて見る事にする。
平日だ。
本店以外に大袈裟な動きは無いだろう。
それよりも。

「いい匂いがするー」

杉浦は菅野の後方から、0センチの距離で頭部を捉えた。
シャンプーの匂い。

「かんちゃん、いい匂いする。なにこれ」
「なにこれって、シャンプーですよ?なんでそんなのに今気がつくんですか」
「なんでかなぁ。朝はピリピリしてたじゃん。マエデン本部とかうるさかったし。ああー、いつもと全然違うよーいい匂いするなぁ。ワックス?」
「つけてないです。シャンプー…変えたのかな?」
「そうだよきっと」

菅野を背中から抱きしめる。
頭部の匂いを嗅ぐ。
甘くて柔らかい匂いがする。

「ちょっと、杉浦さん」
「んー?なぁに」
「そんな、集中して匂い嗅がれると…」
「いい匂いなんだもん。なんだろこれ。僕も使いたい」
「うちのに聞いてみますね。メールします。ってか杉浦さんて」
「んー?なぁにー。あー、いい匂いするーかんちゃんいい匂いだこれ」
「杉浦さんて、匂いフェチですか?」
杉浦は菅野を抱きしめたまま、考える様に上を見る。

「フェチって程じゃないけど、いい匂いは好きだよ」
「杉浦さん、最近香水付けないね」
「ああ、あれ、秋山ちゃんに不評だった。タケちゃんには好評だったけど」
「僕もアレ好きですよ。夏っぽいシトラスで。付けて下さいよ」
「んー」
「もしかして、僕とか竹中さんとか、男に好かれても嬉しくないって顔してます?」
「ううん別に、そういう事じゃないけど」
「どういう事ですか」
「猫避けなんだよ、アレ」

菅野が振り返る様にして杉浦の顔を見上げる。
大きな瞳からは視線をずらす。
なんとなく、恥ずかしいから。
薄くて小さくて、ただ笑うと大きく横に広がる表情豊かな唇を見つめた。

「猫って香水嫌うらしいから。シトラス…柑橘系は特に苦手なんだって」
「杉浦さんち、目茶苦茶オレンジっぽい匂いするじゃないですか。ルルカ、嫌がりません?」
「うん、だからアレは、うちのが柱とか壁に猫避けスプレーかけてるから、そういう匂いするんだ」
「爪痕とか無いですもんね」
「何着かスーツ、ダメにされたんだよ僕。だからシトラス」
「なるほど」

杉浦は菅野の頭に鼻を埋めた。

「かんちゃんの頭の匂い」
「ちょ、やめてください。なんか恥ずかしいですよ」
「かんちゃんに恥ずかしいって感情、あるのー」
「ありますよ一応。あのね杉浦さん」
「はいーどうしたー?」
「僕は押せ押せ行け行けGO!GO!な性格なんです」
「うん、知ってるよー」
「だから、こんな風に杉浦さんが珍しく積極的だと、なんかドキドキしちゃうんですよね、実は。攻められると弱いです僕。攻めるのは好きですけど」
「そうなのー」

鼻を頭部に擦り付ける。
菅野を離さない。
理解した。
真正面から菅野と対峙するから、負けるんだ。
後ろを取れば、怖くない。
怖くないどころか、こんなにも菅野はか弱そうだ。
身長なら17センチは差を付けている。
体重ならもっとだ。菅野は小さい上に痩せている。
そうだ。
負けるはずが無いのに。
何故いつも、菅野を前にすると劣等感を苛まれるのだろう。
負けるはずは無いのに。

「離して下さい杉浦さん」
「もうちょっとだけ」
菅野の髪。短めに揃えた柔らかそうな癖っ毛。

菅野が諦めた様に溜息を付く。
杉浦の腕の中で。

「…杉浦さん、あのー」
「なぁにー」
「あの、僕さぁ」
「うん、どうしたー」
「進行してませんよね?」

何の事かわからず、一瞬考えた。

それが菅野の唯一コンプレックスらしい、髪の事だと理解して、笑ってしまった。

「全然大丈夫だよ、気にしすぎなんだってかんちゃんは」
「じょ、冗談じゃないです。ホントに笑い事じゃないんですから」
「気にすると進行するんじゃない?」
「うわぁ。嫌だ、ホントに嫌だ僕。考えたくない」

狼狽する菅野が面白くて、頭を撫でてみた。

「増えますよーにー」

そう言った杉浦の鳩尾に、菅野の肘が強めに入った。


20090825完



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