菅野はふざける様に、大袈裟に笑った。

「奥さん浮気してるんじゃないですかぁ?」
「まさか」
杉浦は否定する。
菅野はニヤニヤ笑いながら、運転席の杉浦をしげしげと眺めて来る。

「浮気ですよ浮気。調べた方がいいですよ」
「浮気じゃないってば」
面白そうに笑う菅野が恨めしい。

浮気してるのは僕の方なんだよ。
僕達の方じゃないか、菅野くん。

妻の実父が体調不良で入退院を繰り返している。
また、一泊で実家に戻る様だ。

それを菅野は浮気だと決め付けている。

それが菅野の指摘通り、浮気だとしたら。
許せないだろうな、と杉浦は思う。
子供もいない。繋ぎ止める決定打が無い様に思う。
別れたくはない。
だが、他の男に抱かれる妻を想像すると吐き気を催す。

自分の事は棚に上げて。
自分は浮気をしている。
相手は菅野だ。
菅野なのだ。

「うちのが浮気してるかどうかなんて、かんちゃんに関係無いでしょ。どうなの。泊まりに来るかい」
「そりゃ行きますよ!杉浦さんちのベッド、広いから好きです」
「じゃあ明日、仕事終わり真っ直ぐで」
「了解です。さっさと片付けちゃいますねー。ルルカは元気ですか」
「元気だよ」

ルルカは、杉浦家の飼い猫。
杉浦は自分を飼い主だとは思っていない。
妻の飼い猫だと思っている。
だからルルカも、杉浦には懐いていない。
以前菅野が泊まりに来た時も、菅野を一瞥しただけで、後はツンと澄まして自分の部屋にいた。
菅野も全く構わなかった。
だからルルカの事を聞かれるとは思わなかった。

「菅野くん、猫、好きなの」
「別に。好きでも嫌いでも無いですよ?」
「猫、本当は僕は嫌いなんだ」
「そうなんですか」
「目とか怖いよ。視線感じるし」
「視線?」
「そう。黙って一人でテレビ見てるとするじゃん。背後に視線感じるんだ。振り返ったらルルカがじーっと僕を見てる」
「へええ。ちょっと怖いですね」
「それに…虫とか平気なんだよ、あいつら」
「捕まえてくるんですか?」
「そう。この前カマキリくわえて来た。僕固まっちゃたよ…こうさ、くわえてさ。僕の前に置くの」
「それって、褒めて欲しいから見せびらかしてるんじゃなかったです?」
「そうらしいね。でも僕そんなの知らないからさ。固まって動けなかった。カマキリ、まだ動いてたし。口の中でムゴムゴしてて…うわぁ。嫌だ、思い出してきた」
心底嫌そうな顔になる。
虫は苦手だ。
ダメだ。
女々しいと言われようが、苦手な物は苦手だ。
菅野が笑う。

「僕もそんな虫得意って訳でもないですけど、カマキリくらいは平気かなぁ。子供出来てから、大分克服しましたねぇ」
「…僕は嫌だ」
「嫌な物が多過ぎますよ杉浦さんは」
ニタニタ笑われる。

滝口店に到着した。
駐車。降りる。
涼しい風。
長い道のりだった。
菅野が伸びをする。

アスファルトの上に、落ち葉。
かと思ったら、跳びはねた。

バッタだった。

「うわー!いきなり跳ぶからビックリしたー!バッタですよバッタ、凄いなー擬態?ねえ杉浦さん?」

菅野の声を遠くに感じる。
目の前が真っ暗になる。
菅野が笑っている。

「バッタ、跳んで行きましたよ?大丈夫ですよ杉浦さん、杉浦さんてば」

菅野は笑っている。
菅野は、自分がピンチの時は大体笑っている。
そういう男だ、菅野は。

「奥さんが浮気してるのと、奥さんに浮気がバレるのと、ルルカがゴキブリくわえて来るのと、どれが一番嫌ですか?」

全部嫌だ。
全部回避したい。
そんな状況下に置かれたくない。

菅野に背中を叩かれる。
「行きますよ杉浦さん。早くしないとここでキスしますよ?」
「う、うん」
大きく息を吐いた。


20090825完



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