その日は長男の寝付きが悪かった。
日中、幼稚園でお遊戯会をしたと言う。
興奮して眠れない様子だった。

長女と次男の邪魔になりそうだったから、深夜ではあったが、ドライブに連れ出した。
車の中で寝てくれたらいい、そう思った。

出かける時、玄関で妻に言われた。
「お菓子、買っちゃだめよ。癖になっちゃうから」
わかったよ、と俺が言うと、長男は
「ジュースは?」
と交渉をはじめた。
妻は、小さいのだったらいいよ、と答えた。
俺と長男は手を繋いで夜の外出へと繰り出した。

特に目的地も無かった。
助手席のチャイルドシートに乗せた長男に聞いてみる。
「どこ行く?」
「んとね、パパのかいしゃー」
「会社は終わったよ。開いてないよ」
「あいてないのーすぎうらさんはー」
「杉浦さんはもう寝てるよ。起きてるのはパパとミツキだけだよ」
そう言うと、長男は納得したのか次の提案をした。

「こんびにー。ジュースー。ママ、ちっちゃいのだったらいいよって」
「そうだな。よし、ジュース買いに行こう」
キーを回して出発する。

近くのコンビニでは距離が持たない。
長男を寝かしつけるならもう少し遠くないと。
それは自分に対する言い訳だったのかもしれない。

杉浦さんの家の方へ車を進めた。

車内で長男と、昼のお遊戯会について話をする。
妻はビデオを撮ってきていた。
次の休みに観ようと思っている。

営業所前を通り過ぎ、駅前を過ぎて、裏手に出る。
住宅街。
杉浦さんちは借家。
夫婦二人きりで一軒家。
二人じゃないか。猫もいた。
一軒家借りるなら、犬の方が似合いそうなのに。
借家で猫ってのも勇気ある行動だ。
だが遊びに行った時に見た限りでは、柱や壁に猫の付けた傷は見当たらなかった。
奥さんがしつけているのだろう。

「ミツキ、杉浦さんちに猫いるよ」
「ねこ」
「にゃん。ミツキは猫と犬、どっちが好きだ?」
「んとねーミナトがすきー」
「ミナトは動物じゃないよ。赤ちゃんだよ」
「あかちゃん」
「ミツキもミルモも、赤ちゃんだったよ」
「ちがうよあかちゃんじゃないよめろんだよ」
「メロンだったのか」
「みっくんはねぇめろんだいすきー」
長男は一人でケタケタ笑っている。
楽しそうだ。
眠そうな気配が全く無い。
時間が掛かりそうだ。
コンビニに寄っても眠りそうになければ、DVDを借りに行こう。

杉浦さんちから20メートルも離れていないコンビニの駐車場に車を停める。
明るい店内。
0時を越えているが、客は結構入っている。
雑誌のコーナーに人影。
長男が気付いた。

「すぎうらさんだー」

雑誌コーナーで立ち読みをしている杉浦さんの姿だった。
何を読んでいるんだろう。
あの辺りなら多分、パソコン雑誌。
読みたいなら貸すのに。コンビニで買えるパソコン雑誌なら、毎月購入している。
杉浦さんはそれを真剣に読んでいた。

「パパーすぎうらさんだよー」
「うん、杉浦さんだな」
こっそり行って、後ろから驚かせてやろう。
そう思った。
長男を一人でやって、驚かせたら楽しそうだ。
どんな顔をするだろう。
そんな事を思った。

長男が、また、見つけた。
「みゆちゃんもいたぁー!みゆちゃぁんみゆちゃーん」
杉浦さんの隣に、買い物を終えたのだろう、奥さんが来た。
長男は必死で店内の二人に向かって手を振っている。

杉浦夫妻は、何か会話している。

これ、買ってもいい?
いいけど、ヒロキくんのお金で買ってね。
うん、わかった。
先行ってるね。
待っててよ、すぐだから。

聞こえてはいない。
だが、そんな風に思えた。
今度は杉浦さんの奥さんが雑誌を手に取った。
杉浦さんはパソコン雑誌らしき物を持ってレジに向かった。

俺は長男に言った。
「ママに内緒でお菓子食べよう」
長男が目を輝かせる。
「いいの?いいの?」
「内緒だぞ。ママにバレたら怖いぞー」
「うん、こわいねー」
「もっと美味しいお菓子売ってる所に行くよ。出発しまーす」
「みゆちゃんはぁ?」
「…うん、ここからバイバイして」
「みゆちゃぁあん!バイバーイ!すぎうらさぁんバイバーイ」
長男が手を振る。
杉浦さんの奥さんは気付いてない。
杉浦さんの姿も、見えない。

駐車場を出る。元来た方向に戻る。

長男が欠伸をした。
チャンスだな、と思った。

「パパー」
「なんだー」
「すぎうらさんもみゆちゃんも、おきてたねぇ」
「うん、起きてたな。パパとミツキだけじゃなかったな」
「おかし、かったのかなぁ」
「どうかな、どうだろうなぁ」

また、長男が欠伸をした。
今夜は長男と一緒に寝よう。そう思った。


20090822完



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -