部屋に入ってからも、会話が無い。

サービスランチと称された無料の食事をオーダーしたのは杉浦。
風呂に湯を張ったのも杉浦。

菅野はテレビに集中している。

甲子園中継に夢中だ。

お喋りな菅野が、じっとテレビを見つめている。
東北勢で唯一ベスト4まで残った高校を応援している。
秋田県代表は、既に一回戦で敗退していた。

東北に優勝旗が来た事は無い。
杉浦は、自分が生きている内に東北…秋田が優勝する事は無いだろうと思っている。
生きている内に、サッカー日本代表がワールドカップで優勝する事も無いだろうと思っている。

だからと言って応援しないのではない。
スポーツは好きだ。
今でもたまに妻を誘ってテニスをする。
大学までずっとテニスをやっていた。
菅野を誘った事は、無い。
菅野は高校までバレーボール部だったそうだ。
その身長で?とは言わなかった。

菅野をテニスに誘えば、きっと嫌な気分になるだろう。
菅野はきっと、テニスも上手い。
下手にゲームをして、負けたくは無い。
それだけの理由。

甲子園中継に夢中の菅野を無視して、一人で風呂に入る。
菅野も杉浦を無視しているかの様だ。
車の中でも、菅野は携帯の小さな画面で中継を見ていた。
その間、会話は無かった。

風呂から上がると、校歌らしき物が流れていた。

「勝ちました!」
菅野は嬉しそうに報告する。
杉浦を待たずに食事を開始していた。
「…何対何?」
さして興味も無いが、尋ねてみる。
「7対6!延長を制しました、さすがだ」
何がさすがなのかは判らなかった。
菅野の隣に座る。
狭いソファー。
脚が突っ掛かる。

菅野が寄り掛かってきた。
「放置プレイしちゃってすみません」
言いながら、全く申し訳なさそうな笑顔で見上げてくる。
「ううん…優勝出来るかな」
「どうかなー。それは無理そうですよね」
「そうかぁ」
「でもキラキラしてるから見てて楽しいんですよ」
「キラキラ?」
「そう、甲子園球児は目がキラキラしてる。だから応援したくなるんです。例えば杉浦さんも」
「え」
「働く杉浦さんは目がキラキラ。楽しそうですよ」
そうだろうか。
仕事は仕事だ。
好きでも嫌いでもない。
熟さなければならないだけだ。
それを言うならよっぽど菅野は働く行為が好きそうだと、杉浦は思っている。
いつも楽しそうに。
笑いながら働く。
どんな業務でも、楽しそうに。

「…かんちゃんと一緒だから多分、楽しいんだと思うよ」
「そうですか?そうなんですかぁ。僕もですよ」
ニコニコ、嬉しそうに。

「杉浦さん、今度テニス教えて下さい」
「…うん。いいよ」
「杉浦さん」
「なぁに」
「嫌だったら、はっきり嫌だって言わないとダメですよ」
「嫌じゃないよ」
答える杉浦を見上げて、菅野は珍しく眉を歪めて、苦笑した。


20090822完




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