綺麗な空がこの雨雲の上にはあるんだ。

俺が笑えてなくてもヒデキ、雲の上には太陽があって、いつもキラキラ輝いてるんだって。
知ってるけど、見たことないから信じられない。

俺はそんな事信じられなくて、でも諦め切れなくれて、きっと自分も太陽を見る事が出来るんだって、それだけは信じてみようかなって思ってはいたんだけど。


ベッド脇の簡易な椅子に座ったヒデキはさっき見舞いに来てから一言も口を聞かない。
何しに来たんだよって思う。
俺の見舞いじゃねーのかよ。
ちょっとは俺を楽しませるとかすればいいのに。

笑えないだろうけど。

ヒデキは俯いて、両手で顔を押さえて、たまにため息をついた。

なんとなく申し訳ない気持ちになるんだけど、謝るような事でもなさそうだから、黙ってた。

ヒデキが口を開いた。

「何か、してやれる事はないか」

俺はちょっと考えてから、答えた。

「んーん。特に。時間あるならここにいて。時間なったら行ってくれて構わねーし」

俺も久しぶりにこんなに長く声を出して、最後の方は掠れてしまってヒデキ、ちゃんと聞き取ってくれたのかわかんない。

それ以降ヒデキも俺も黙り込んでしまった。

考えてたのはエルデータの事。

こんなの余裕でクビだもんなって思った。
派遣会社から親に連絡が行ったっぽい。
バカ親が昨日、心配そうに見舞いに来て、派遣元からの電話が来たって話をしてった。
親父もかーちゃんも、一年近く見ない内に老けこんでた。
親父、あんたが作った借金ですよ。何を白髪になってますか。もっと張り切って仕事しなさい。
かーちゃん、かーちゃん、腰痛そうだな。一緒に入院しようぜ。治療費なんか気にすんなって。俺が払うから。今更借金増えたって微々たるもんです。
チアキ、大丈夫だ。高校行かせてやれるから。だっせー服着てんじゃねーよ。女の子でしょ、可愛い格好しなさいよ。

色んな事を頭の中では言ってみてんのに、何にも口から出て行かなくて困った。
妹はベソベソ泣いてるし。親父は俯いたっきりだし。

かーちゃんだけは俺の傷だらけの左手首をさすって、

「帰ろうね」

って、言った。


帰らない。
まだ帰らない。
エルデータの仕事出来なくなっても、俺まだ夜あるし。
うん、夜でもうちょい稼いだら、きっと俺達なんとかなる。
せっかく見つけた昼の仕事だけど、こればっかりは仕方ない。


ヒデキに褒めて貰えるかなって思って、気まぐれで受けた面接に上手いこと引っ掛かって。
あー、俺ってフツーの子みたいだーなんて思ったのが昨日の話に感じられて。

家族は昨日の晩の内に、帰った。
秋田市内に三人泊まるなんて、出費がデカすぎるから。

薬で寝かされて、気がついたら隣にヒデキがいた。

「ヒデキ」
腹に力入らないから、めっちゃ情けない声になった。

ヒデキが顔を上げる。

「なんでヒデキ、ここにいんの」
「…心配だから」
「そう。あんがと」
「ふざけんな」

ヒデキの声が、怒ってた。
目だけでヒデキを追う。

「なんで一言、言えないんだ」
「言うって、何を」
「苦しいとかしんどいとか、どうしてお前は言えないんだ」
「解決すんのは自分じゃん…誰かに言ったって仕方ないよ」

心からそう思ってる。

信じてないとかそーゆー事じゃないんだ。
心配かけたくないとかでもない。

とにかく、そーゆーんじゃないんだ。

だから、だからヒデキ。
ヒデキが傍にいるだけで、他には何にもいらないんだって。
そういう事なんだって。

伝わらないだろうけど。



退院したのは2ヶ月後。
ヒデキが例の車で迎えに来てくれた。
ちょっとだけ楽しい気分になって、あ、笑えるかなって思ったけど、顔の筋肉鍛えてなかったから、ダメだった。

二人でそのままドライブした。
男鹿に行って、水族館行って、そんでヒデキが

「うまそーじゃね?」
って言った。
マグロ見て。
それから回ってる寿司屋に行った。

ヒデキも俺も殆ど口きかなかった。

けど頭の中では、あー、デートっぽいなーとか、ヒデキいつの間に前髪切ったんだろとか、目が大きくて可愛いなーとか、チアキにも寿司食わせてやりてーなーとか、言葉が渦巻いてた。

帰りの車の中で、運転席からヒデキが手を伸ばしてきて、俺の手を握った。

あー、これは違うなって思って、押し返した。

ヒデキは小さな声で、

「ゴメン」

って言った。

雨雲。
あのモクモクの雲の上にヒデキ、太陽はいつもあるんだってさ。
知ってるけど見たことないから信じられないよな。


20090814完


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -