菅野と同じ方向を、いつも見ている。
菅野の顔は見られない。
好きな顔だから、照れてしまう。

「恋とか愛とかって、詰まる所性欲だと思うんですよねー」

菅野が持論を展開する。

河沿いに車を止めて、外で煙草を。
風が心地好い。
昨日の大雨で河は増水している。流れも速い。
空は薄曇り。

「好きか嫌いかってのはさ、セックス無くても判断出来ると思うんですよ。セックスしたいとか、キスしたいってなると、これは恋だの愛だのになるんじゃないかなって」
「何の話なの、それ」
「好きだけどセックスしたくないってのは友情ですかね」
「さあ。基本的に男とは仲良くたってキスもしたくないけど」
「僕もそうですよ。だから、だから何で僕は杉浦さんとキスしたくなるのかなあって」
「うん、不思議だね」
「でしょう。ですよねえ」

そんな話をしながら、手は繋いでいる。
二人で、向こう岸を眺めている。何がある訳でもない。
のどかな田園風景が広がっているだけだ。

「杉浦さん」
「なあに。どうしたー」
「僕ねえ。来月から仙台なんですよー」
「…そっかぁ」
「来月から、僕、マネージャーなんですって」
「そっかー。おめでとう」
「こんなつもりじゃなかったのになー」
「どんなつもりだったの?」
「なんとなく、いつまでも杉浦さんと秋田でイチャイチャしてられるんだと思ってました」
「試験頑張った結果だよ。おめでとう」
「行きたくないなー、仙台」
「どうして?給料上がるし奥さん喜ぶでしょ」
「…そうですね」

同じ方向を向いている。
顔は、見られない。
お互いに見ようとはしない。
繋いだ手だけは離さずに。

言いたい言葉があるはずなのに、出てこない。
喉の奥で、恥ずかしがっている。


「僕ねぇ。僕の事好きって言う男がいたんですよー昔」
「かんちゃんはモテるからそういうのいっぱいありそうだね」
「そんな事ないんですよ。男に好かれたのはそれが最初。それ以降は杉浦さん。まあ杉浦さんは、僕が勝手に好きになって勝手に振り回してるだけですけど」
「そんな事ないよー。僕だってかんちゃん大好きだよー、好きで振り回されてるんだよー」
「そう言って貰えると心が軽いです。でね、まぁ僕みたいなのがいいって言う男がいてね。10も年下の子供だったんですけどね、僕は彼の気持ちに答えられなかったんですよ」
「嫌いだったんじゃないんでしょ」
「嫌いじゃなかったし好きでした。可愛い弟みたいな感じで。でも、最初の話に戻るけど…性欲みたいなのは無かった。キスしたいとか抱きたいとか抱かれたいとか、そういうのは無かった。なんせ嫁いたし。ゲイじゃないし」
「うん」
「…つまり、僕は人の気持ちがわからないひとでなしです」
杉浦は笑った。

「かんちゃんらしくないなー、論理的じゃない展開だ」
「そうなんです。論理的じゃない。けど僕の結論は」

菅野が杉浦を見た。
横顔を見ている。
自分の高い鼻梁を。
口の端を上げて、微笑んでみる。
菅野の視線に気付いても、菅野を見る事はできない。
ずっと、じっと、河の向こうを眺めている。

「僕は人の気持ちがわかりません。杉浦さんの気持ちもわからない。って言うより僕は僕がわからない。自分と向き合うって事、してこなかったから。上澄みだけで人って付き合って行けると思ってたから」
「うん。僕もかんちゃんの上辺しか、見てないよ」

安心していいよ。

そんな風に聞こえる様に。

菅野は俯いた。

「仙台行くまで、毎日、抱いて下さい」
「うん、わかったー。僕はかんちゃんの言いなりだよ」
「毎日、僕を褒めてください」
「うん、かんちゃんはお利口さん」
「毎日、僕のどこが好きなのか教えて下さい」
「うん、好きな所だらけだよ」
「毎日、僕の良くない所も」
「…そうだね。言いたくないけど、頑張って言ってみるよ」

それを菅野が求めているのなら。

繋いだ手に力を込めた。

菅野が、らしくなく小さな声で呻く。

泣いてるのかもしれない、そう思ったが、菅野を見れない。
慰める言葉を持っていない。
どうしていいのか、見当もつかない。

だから、繋いだ手を離さないで、菅野が顎を上げて空を見上げるまで、ただじっと待っていた。


20090814完



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