一通りの行為を終えて、喫煙者の二人が煙草に火を点ける前に行う作業は同時に、携帯電話のチェック。
「滝口店からメール来てるなぁ…」
長身の杉浦が小鼻をかきながら呟くと、痩身中背としか形容し難い菅野が笑う。
「こっちは本店から着信ですよ。うわ〜、やばいな。30分前から5分毎だ」
「僕ら、どこに向かってるんだっけ」
「…原田店ですけど?」
「丸っきり逆方向だねぇ」
他人事の様に。
二人に下された出張命令、その途中で寄り道をするのはいつもの事。
有能な営業ほど、息抜きと言う名のサボタージュは上手く取る。
…言い訳ばかり得意になるな。そう思いながら杉浦は苦笑する。
全部菅野のせいだ。菅野が全部悪い。
今から二人が向かう原田店のヘルパーが菅野を影で何と呼んでいるか知っているんだろうか。
「腹黒キング」だ。
絶やす事ない笑顔、だが見込みのない客や見込みのないヘルパーや社員に対する冷徹さ。自分には手に終えないと判断した場合の処分、見切りの俊敏さ。つまりは外見の物腰のソフトさと内面とのギャップがそうした悪名をつけさせるのだ。
今、菅野は本店の社員と通話している。
「うん。うんうん、ダメだよ。そんなやり方してるから他の店舗に負けちゃうんでしょ?本店なんだからもうちょっと気合い入れて貰わないとなぁ、秋山さんて僕よりキャリア長いですよね、自覚持ってくださいよぉ」
頭ごなしの叱咤であるにも関わらず、電話でさえ終始笑顔のまま。口の端が上がっているだけで、耳には優しく心地よく響くのは何故だろう。
電話の向こうの社員は、通話が終わってから気付くのだ。
菅野に馬鹿にされた、と。
菅野と行動を共にする様になってから、自分も変化しつつある。杉浦はそう感じていた。今までの自分は見てくれの菅野以上に温厚だった。原田店のヘルパーが自分を何と呼んでいるかも知っている。トトロ。確かにその通りだと思う。今まではそうだった。今は違う。
「肉食トトロ」がきっと正解だ。
実際は菅野の影響で自分が変化したのではないのだ。今まで杉浦が社会人として良かれと思って我慢してきた、対人軋轢、摩擦、そう言った物に耐える作業を、菅野は行動で否定した。
数字と成績のみ。それだけでサラリーマンの存在意義は決定される。それ以上もそれ以下もない。数字が全て。キャリアも人柄も二の次。売れたらいい。他に何が必要だ。菅野のそうした動きは、今まで社員とヘルパーと店舗と顧客とメーカーと家庭、その全ての調整こそが当たり前の業務だと思っていた杉浦に取って衝撃だった。
「行きます?」
電話を終えた菅野が杉浦を見て笑う。
「行くよそりゃ。待ってるからね、竹中ちゃんとか辺見さんとか」
「あと宮川くんも」
菅野はニヤニヤと笑う。
屈託の無い笑顔に見えて、底意地の悪さが感じられる。
それでも杉浦はその笑い方を嫌いにはならない。なれない。
「風呂入ってからだなー」
「ですね。お先どうぞ杉浦さん」
「…僕、原田店に電話した方がいいかな」
ベッドから出ながら訊ねてみる。
「杉浦さんがメール見てないのはいつもの事でしょ、わかってますってあの子らも」
「そうかな」
「そうですよ。真っ直ぐ向かった方が早いよ」
原田店の辺見と竹中は、菅野よりも一つ二つ年上だ。それを「子」扱い。
だがそれも、菅野ならば「有り」だ。
風呂に入ろうとすると、また菅野の声が聞こえてきた。
電話。
「お疲れ様です菅野です。どうそっち、売れてる?なんで?もう昼過ぎてるよね。一台も出ないって不思議なんだけど」
そんな通話をしながら、菅野は裸で、しかも汗だくで精液塗れだ。
想像もつかないだろう。
当たり前だ、誰がそんな想像するものか。
誰が。どこの誰が、自分達の上司が業務中にホテルに寄りながら、やるだけやりながら、仕事の指図をするなんて考えるんだ。
そんな奴がいればバカだ。
一番のバカは自分と菅野だ。
いや、自分が一番のバカだ。
どうしてこう毎回毎回、菅野の口車に乗せられて。
風呂の扉を閉めて、菅野の声をこれ以上聞かないようにシャワーを出した。



200904完



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