ヒデキの車が到着したのは午後10時を少し過ぎた頃。

「おはようございます」
「おはようございます」

夜なのに。
いつもの挨拶をした。
車が発進。

ヒデキがクスクスと笑っている。
いつもはそんな笑い方する奴じゃないのに。
「なんだよ、気持ち悪い」
「ミナト、おめでとう」
「何がだよ」
「返済の目処が立ったんだって?」
「んー、うん」
両親が作った借金。
その返済の目処が立った。

「誰から聞いたんだよー」
「オーナーから。で、この仕事は辞めんだろ?」
「え?辞めないけど?なんで?」

ヒデキがいるから辞めないけど。

ヒデキが驚いた様な声を上げる。

「なんでってミナト。就職決まったんだろ?」
「あー、昼は。でもソレ派遣だし。夜は夜でこっちやる。目処立ったってだけで全額返済はまだだから」
それを聞いたヒデキはため息をついた。

「昼…決まって良かったな」
「うん。ヒデキの方が向いてそうな仕事」
「何やるんだよ」
「エルデータの携帯販売!」
ヒデキがちらっと俺を見た。

「そんなのお前に出来んのか」
「出来るんじゃね?だから採用されたんじゃね?」
「俺の方が向いてそうだよ、ホントに」
「ヒデキ、携帯大好きだもんな」
「携帯とパソコンが好きなデジモノオヤジなんだよ俺は」
「好きだけど愛想無いから売れないよ、ヒデキには」
「それは認める。俺は愛想ねーよ」

ヒデキは、出会った頃から比べたら物凄くお喋りするようになった。
無口で、静かで。
笑顔なんか作れないんだろうなってくらい、切羽詰まった顔してた。

今は、たまにだけど笑う。

「受付する時間違ってミナトって書くなよな」
「ん?どうして?」
「どうしてって、契約書に源氏名書く奴いないだろ」
「ミナトってこれ、本名だけど」
そう言うと、ヒデキはビックリした。

「本名?マジかよ」
「うん。つか、苗字なんだけど。ミナトって」
「…そうだったんだ。源氏名だって思ってた、ずっと」
「湊ヒロキっての、ホントは」
「ヒロキ?俺と一字違い?」
「うん、そう」

なんだか面白くて、二人で声出して大笑いした。

ヒデキの緩いウェーブの掛かった髪が震えてる。
前髪を鼻先まで伸ばして。
フワフワとはしてない。ペタンとしてる。髪の量が少ないんだろう。
「ヒデキって天パ?」
「ああ」
「ユルユルの癖毛?」
「ああ」
「前髪切ればいいのに。前見えてないから運転が荒いんだよ」
「それは性格だ」
「ヒデキ、目大きくて可愛い顔してんのにな。勿体ない」
「お前程は良くねーよ。ホラ、着いたぞ」

ラブホテル前に着いた。
キラキラのイルミネーション。
短いドライブ。
残念。もっと話をしたかったのに。
今日こそヒデキの苗字を教えて貰おうと思ったのに。

「ミナト」
「ヒロキって呼んでもいいぜー、ヒデキなら」
「今更恥ずかしいっての」
「何?」
「俺は、カンノ」
「え?」

聞き返した俺に、ヒデキが微笑む。

「俺は、菅野ヒデキ。菅野美穂の、カンノ」

微笑んで。
改めて、自己紹介をするヒデキ。
可愛い、と思った。
笑うヒデキは、可愛い。

「いきなりなんだよービックリするじゃん」
「お前とはフェアでいたいからな、ミナト」
「友情ですね」
「友情です。ホラ、行ってこい」
「おー!」

駆け足で。
俺は今日も笑顔で仕事。
めっちゃ顔の筋肉発達してる。
だって俺はいつもニヤニヤしてるから。
ヒデキの事を考えて、ニヤニヤニタニタしてるから。


20090805完

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