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幸せになりたいだけなのに。
それに気がついたら、恥ずかしくなった。
自分はさもしい。
みすぼらしくてなさけない。
人より。
多くの自分以外の人達より、ほんの少しだけ。
幸せになりたいだけなんだ。
「かんちゃん、今日どうする?」
杉浦からのメールに、返信するのを迷う。
今日、どうする。
どうしようか。
最近の自分は帰宅が遅い。
毎日杉浦さんと遊びほうけている訳じゃない。
仕事が、終わらないだけだ。
終わらないのは自分のせいだ。
自分が、終わらせられない無能なサラリーマンだからだ。
思い通りに行かない。
何もかも。
仕事はもっと出来る。
自分はもっと出来る。
環境のせいにはしない。
「出来る範囲」の外側まで、自分は行ける。
家庭だって当然大事に出来る。
家族があるから仕事に集中出来る。
恋愛して、好きになって、結婚した可愛い年下の妻。
かけがえの無い愛しい子供達。
それらがあるから、仕事を頑張れる。
少しでも美味い物を食わせてやりたいと思う。
少しでもいい服を着せてやりたいと思う。
少しでも他よりいい暮らしをさせてやりたいと思う。
そう思う反面、どうして自分ばかり、とも思う。
どうして自分ばかり仕事の量が多いのか。
どうして自分ばかり苦労しているのか。
悩んでも結果は同じだと思っている。
だから悩まない。
悩まないが、胸の内を過ぎる衝動。
ぶち壊してしまいたい。
世界中壊れてしまえばいい。
自分も壊れてしまえばいい。
そんな事を考える。
「今日は帰ります」
それだけを打ち、返す。
菅野は営業所に。
杉浦は今頃、南が丘店から戻る車の中。
杉浦に依存しすぎるのは良くない。
杉浦に甘えすぎだ。
菅野の言うことなら杉浦は全面的に肯定する。
それが心地良すぎる。
危険だと思う。
杉浦はいずれ自分を避けるようになるだろう。
不発の劣等感。
それ故の関係。
杉浦が明るい前向きな自分を好きでいてくれる。
その理想のままでいたい。
理想像を保つ事によって、自分は杉浦よりもきっと。
「なんで追い越してしまったんだ」
独り言。
確定した未来。
菅野の手元には、一枚の書類。
辞令。
マネージャーへの昇進。
来月から、菅野は杉浦の上司になる。
恐れていた事が現実になった。
杉浦が営業所に戻って来るのは、多分3時間後。
その前に。
杉浦と顔を合わせる前に、帰りたい。
杉浦に会いたく無い。
人より少しだけ幸せになりたいだけだったのに。
仕事を認められて。
家族に認められて。
好きになってしまった恋人に認められたかっただけなのに。
それだけなのに。
杉浦からメール。
「かんちゃんの試験の結果お祝いしたかったな」
菅野は携帯を胸に抱えた。
謝りはしない。
これは自分の実力だ。
今の状況に甘んじていた杉浦さんが悪い。
俺のせいじゃない。
「俺のせいじゃない」
また、独り言。
誰にも聞かせられない独り言。
机に、突っ伏した。
20090802完
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