ある事に気付いて、振り返り菅野に尋ねる。

「かんちゃん、風呂は?」
「湯の事だったら大丈夫ですよ。勝手に止まる奴だったから」
「ああ、そう」
「別に流しっぱなしでもいいじゃないですか。掛け流しみたいで」
「温泉じゃないんだから」
「え?ここ、温泉ですよ」
「え?」

ピザを頬張りながら、菅野は立ち上がりテレビ脇のブックスタンドから一冊の雑誌を取り出した。

杉浦と同時にソファについて、菅野は雑誌をパラパラと捲る。
気になる。
脂がつくんじゃないかな。
杉浦はそんな事を考えていた。
手にしたビール一本を菅野の前に置く。
自分の分の缶を開ける。
菅野が言う。

「ホラここ、見てください」

雑誌は、このホテルを知ったローカル情報誌のバックナンバーだった。
見てみると、小さな広告に

「当ホテルは温泉使用!」
「お肌ツルツル!美肌効果!」
等の言葉が踊っている。

「へぇ。温泉なんだ」
「か・け・な・が・し!」
「掛け流しじゃないでしょ」
「でもまぁ雰囲気って事で。温泉旅館〜。あ、ビールありがとうございます。乾杯乾杯」

プシュ、と音を立てて菅野が自分の缶を開ける。
軽くぶつける。
杉浦は少量を口に含み、飲んだ。
菅野は流し込むようにゴクゴクと喉の音を鳴らして飲んだ。
美味しそうに飲むよなぁ。
アルコールを摂取して、嬉しそうな菅野の横顔を見つめる。

菅野と一緒に過ごす事が楽しい。
セックスも楽しい時間の内の一つだが、菅野といる事自体が楽しいのだ。
それでも。

それでも妻と別れる気にはなれない。
菅野も同じだろう。
強く惹き合いはするが、今まで培ってきた生活を棒に振るつもりにはなれない。

相手が男だからか。
いや、例え女であっても。

「何つまんなそうな顔してんですか。ピザ食べてピザ、杉浦さん」
「うん…ああ、いいよ、かんちゃんが全部食べなよ」
「一切れくらい杉浦さんも。あーん」

杉浦に持たれかかる様にしなだれて、肩を寄せて、一口食べた様子のピザを杉浦の口元に寄せる。
口を開けた。押し込まれる。
トマトソースとサラミ、チーズの味。
胃薬は持ってきてたかな。うん、持ってきてる。
うんうんと頷く。
菅野はそれを「美味です」のサインと受け取ったのか、やはりまた嬉しそうに笑う。

「美味しい美味しい。食べて食べて」
「ん、うん」
菅野はいつも楽しそうだし、嬉しそうだし、ニタニタと笑ったままの表情だが、今日はいつも以上にはしゃいでいるように思える。

菅野も、少しは緊張しているのだろうか。

自分は物凄く緊張している。
菅野と泊まりに行く時は、それが仕事の場合であってもなんとなく緊張する。
それは「ときめき」に近い感情だったのだが。
認めてしまうのは怖い。
溺れ過ぎだ、杉浦は思う。

二人でテレビを見ながらビールを一缶ずつ開けた。
菅野が500ml缶で、杉浦は350ml缶。
ピザは菅野の食いかけの一切れを杉浦がやっと食べきって、後は当然、菅野が完食した。
この細い体の、どこにそれらは入っているのだろうと杉浦はいつも不思議だ。

菅野はずっと杉浦にしなだれかかっていた。
頭を杉浦の胸元に寄せて、甘えるように。
動物の子供の様だ、と杉浦は思っている。

「さて、風呂入りますか」
「そうだね」
そんな会話をしながら、菅野は動かない。
大きな目で杉浦を見上げる。
吸い込まれそうな濃い茶色の瞳。
見つめられて、身動き出来なくなる。


       

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