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そう言ってエスはコンテナの向こう側に飛び降りた。
慌てて圭もその後を追おうとする。
コンテナの裏側に回りこもうとする。
細い隙間を発見するが、入り込めそうに無い。
「クソ兄貴が!行くぞ依栖!外から狙ったる」
ただ突っ立ったままの依栖本体の手を引っ張り、空いたもう片方の手で九十四式をホルダーにしまう。
依栖の左耳のスロットからメモリーカードを引き出す。
途端、依栖は力を失い膝から崩れ落ちる。
圭は手早く、だが傷つけないように、丁寧に依栖を折りたたんでスーツケースに押し込めた。
几帳面に。スーツケースを引きずりながら倉庫の入り口に向かい走る。
外にはブリッテンの派手なバイクを留めている。
エスがどんな手段を使って逃走するつもりなのか判らないが、最速のツインと呼ばれるこのバイクでなら追いつけるだろう。
「ああ、こな時依栖本体が邪魔やねんなぁ。兄貴やなかったら捨てたんのに」
スーツケースを見て嘆く。
あの通り、生来の依栖は気性が激しい。
少女のボディが全く似合わない。
ボディを入れ替えるにせよ何故少女体にしたのか理解が出来ない。
あのボディは元々は性行為用に普及している物なのだ。
兄が何を考えているのか弟には全く判らない。
倉庫を出ると小雨がパラついていた。
道路の隅で桜の花弁が汚れて積まれている。
悲しくなる。ガラガラとカートを転がす。
濡れたバイクに着く。
キーは挿したままだ。
サイドカーにスーツケースを乗せ、バイクに跨る。
キーを回してエンジンを吹かす。
瞬間、前輪に衝撃が走った。
銃弾。
パンク。
バイクが前のめりに沈む。
圭は前を見た。
雨の中に、肩から流血するエスがいる。
その隣に、エスの片手を握って。
自分がいた。
自分が。
圭が、圭に向かって九十四式を構えていた。
圭はうろたえた。
「誰やねんそれ…」
まごうことなく、それは圭だった。
その長身も、金色に近い髪の色も、バランスの悪い長い手足も。
ただ、向こう側の圭は、深い闇の色をした細いサングラスを掛けている。
目の表情が伺えない事が怖い。
「俺は、お前だ。Kだ」
向こう側の圭は関西弁を使わないようだった。
圭は、違う、と認識した。
あれは自分ではない。
圭と依栖は京都出身だ。
東京の言葉など話せない。
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