![](//static.nanos.jp/upload/m/mujiknh/mtr/0/0/20100209073746.jpg)
なんでダメになったかって、それは子供が出来たから。
なんでずっと好きのままではいられないんだろう。
恋ではなく、愛ではなく、友情の方が近かった。
戦友が恋人だっただけだ。
逆だろうか。
恋人が戦友だったのか。
何故忘れてしまうんだろう。
何故、目の奥が痛くなるんだろう。
何故、一緒にはいられなくなったんだろう。
今はただ、彼が幸せであればいいと祈り続けている。
ヒデキが大きくなったら、その名の由来を訊かれるんだろうな。
そうしたら妻が答えるだろう。
とてもお世話になった人。
パパがね。
苦笑しながら僕は頷くんだろう。
とてもとてもいい子だったから、名前を貰ったんだ。
ヒデキ。
彼の様になってくれたらと思って。
思わぬ年齢で授かった宝物に僕は夢中になってしまうんだろう。
それまでの人生は一体なんだったのかと思うほど、僕はヒデキに夢中になるんだろう。
一緒に野球をしよう、僕がキャッチャーだ。
ヒデキ、君は好きなだけ好きな球を投げたらいい。
僕が全部受け取ってあげよう。
それからサッカーを。
そしてバスケを。
一緒に海へ行こう。
一緒にキャンプへ行こう。
色んな所へ。
僕より大きくなってくれ。
なかなか難しいのかもしれないけれど。
夢中になりすぎて、あんなに大切だった誰かの事を忘れてしまうんだろう。
名前も思い出せないで。
ヒデキ、どうして君にヒデキって名付けたんだったっけ。
そうか、美由紀さんの初恋の人だったかな。
違う?
ああ、僕がヒロキだから、似た名前に。
違う?
違ったかな。
そうだよ、僕がヒロキだからだよ。
杉浦ヒデキ。
いい名前だよね。
なんで駄目になってしまったか?
何が駄目に?
駄目になんてなってない。
ずっと、ヒデキと一緒じゃないか。
「痛い」
「あ、すみません」
耳の中の掃除。
意外にも菅野が器用で。
うとうとしてしまったら、これだ。
心地良い夢をみていたのに。
「奥まで入れないでって言ったじゃないかぁ」
「すみません、ちょっと手元狂っちゃった」
アハハ、と笑う菅野。
「杉浦さんの鼓膜が破れたら、責任取りますよ。僕が杉浦さんの耳になります」
「なんだいそのプロポーズ」
「プロポーズですよ」
「そういうのは僕から言う物じゃないのかな…」
「どうして?」
「だって」
君を抱くのは僕だから。
そういうのは僕みたいな立場から言う物じゃないのかな。
「あんまり難しい事考えないで下さいよ、杉浦さん。難しい話は嫌いでしょ」
「うん、嫌いだ」
「黙って、夢の続きでも見ててください」
カリカリカリ。
耳の中で音がする。
「何の夢だったか忘れたよ」
「痛くて?」
「そう、痛くて」
心地よい夢だったけれど、どこか胸の奥が痛い。
そんな夢。
20090917完
![](//static.nanos.jp/upload/m/mujiknh/mtr/0/0/20100209073746.jpg)