18時。
開店前のゴダール。

「ワタルー、ちょっと来てー」
「はーい」
呼ばれて厨房に入る。
タクヤが額に汗をかきながら笑っている。

「あっちー。ゴメン俺ちょっと外で涼みたい。鍋見てて」
「はいよー。吹きこぼれなかったらいーんでしょ」
「うん、そう。あっちー…」

タクヤはそう言って、シャツのボタンを二つ、開けた。

滅多に陽に当たらない白い肌が見えて、ドキっとした。

自分も夜行性で、決して健康的な肌色ではない。
ただ、タクヤの色の白さは、本当ならもっと色がついてるだろうと思わせる、病を想像させる白さ。
太陽の出ている時間、働けばいいのに。そんな事を思わせる、白さ。

タクヤは健康だし、ワタルよりも少しだが身長もあり、決して病気も患っていない。
その肌の白さがなんとなく憐れに思えてしまう。
それだけだ。
それだけだが、黒いシャツの下から覗いた真っ白な胸がなまめかしくて、エロティックで。

タクヤが外から戻って来ても、ワタルの心臓は跳ねていた。

「暑いだろ?顔真っ赤だよワタル。鍋の前とかって具合悪くなるよな」
「ん、うん」
あんたのせいなんだけど、店長。
ヤバいんだけど店長。
うっすら汗かいてて、店長、なんかエロいんだけど。
なんかその汗舐めちゃいたい。

「何、ワタル調子悪い?」
不意にタクヤが手を伸ばしてきた。
うろたえる暇も無く、首筋にそれが添えられる。

「熱とかあんの?休めないよ、ヒロトシさんしか来ないもん」

近距離で、見つめられる。
優しい眼差し。
ドキドキしてしまう。

「だ、大丈夫。全然熱無い。ガス台の前が熱いだけだから」
「なぁ。暑いよな」
ヘラヘラと笑うタクヤに釘付けになる。

なんて可愛いんだろう、この笑い方。
これも好きだ。
色んな店長が好きだけど、このヘラヘラ空気みたいな笑い方、大好きだ、可愛い。

ダメだ。
もうダメだ。
今日こそ言う。

俺、店長が好きなんだ。
前からずっと好きだった。
店長にキスしたい。
意を決して。

「店長…」
「んー?」
「お、俺さ…」
「おはよー!!」
「おは…え?」

オーナーのヒロトシが、来た。
通常の出勤時間よりも5時間は早く、来た。

「どっしたのぉ。変な顔してぇワタルー」
36歳になるヒロトシは、全くその年齢に見合わない可愛らしい小柄な体で、悪びれずにニコニコしている。

「おはようございます、早いですね!」
嬉しそうなタクヤ。
タイミングが狂ってしまって、ワタルは何も言えない。

ヒロトシがウキウキ、と言った様子でホールに入る。
二人でそれを追う。

「竹中が職場の女の子連れて食事しに来るんだってぇ。だから準備しに来たの。手伝って、ワタル。タクヤぁ、フードは全部タクヤにお任せって竹中言ってたよ!お願いします」
「はい了解です。何人?」
「竹中、辺見ちゃん、テルちゃんとモコモコ、ヒメヒメとジュンジュン。6名か」
「わかりましたー」
そう言って、タクヤは厨房へ戻って行った。

テーブルを繋げはじめるヒロトシを、ワタルはボンヤリ眺めてしまう。

「何よーワタル。風邪でも引いてんの?休ませないよぉ」
「いや、全然元気ですけど」

タイミングがすっかり狂ってしまって、頭も上手く回転しない。

頭にあるのは、タクヤの白い胸元だけ。

この日ワタルはグラスを2つ割ってしまった。



20090716完


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