タクヤが電話を受ける。
「お電話あり…ああ、ヒロトシさん?お疲れ様です。…はい、はい、ああそれで…はい」
すらりとした長身のタクヤが、やや猫背気味になっている。
聞かれたくない内容の話なのだろう。
だからワタルは、そこから離れてカウンターの奥で小物を片付け始めた。

タクヤはこの店の雇われマスターで、電話の相手のヒロトシはオーナーだ。そして、ワタルの従兄弟でもある。

歳の離れた従兄弟のヒロトシから、店を手伝ってくれと依頼された当初は、正直気乗りしていなかった。
バイトの感覚で始めようとしていた。
面倒になれば、辞めればいい。
そんな風に思っていた。

タクヤを見るまでは。

初めてタクヤを見た時、温和そうなお兄さんだな、そう感じた。
顔立ちも可愛らしいと言えば可愛らしいし、綺麗な顔とも言えそうだし、普通と言えば普通だし、それよりも声が印象に残った。

高音が裏返る。

テンションがあがるとそうなるらしい。

面白いな、とワタルは思った。
面白くて楽しいお兄ちゃんだな。

タクヤはワタルより4歳、年上だった。

出会いから3年が過ぎた。
タクヤに対する気持ちは徐々に恋へと変貌し、日々ワタルを苦しませる。
好きでいる事。
抱きたいと思う気持ち。
恋と劣情は背中合わせだ。

今だって。

猫背気味で電話し続けるタクヤの背中を抱きしめたいと思う。
出来ないけれど。

「はい、はい、ああ…はい、わかりました。はい、お疲れ様です」

タクヤが通話を終えた。
視線がぶつかった。
タクヤが笑う。

「オレ、来週から厨房入るね」
「え?」
突然の宣言。

「やっぱ厨房見つからないんだって。ホールで若い子探すってオーナーは言ってるから」
「ホール?オレ嫌だけど。店長以外とホールなんて今までムリだったっしょ」
ワタルはタクヤを店長と呼ぶ。
今まで、店は主にタクヤとワタルだけで回してきた。
他に従業員を雇った事もあったが、皆、長続きはしなかった。
ヒロトシの教育が厳しかったせいもあるが、タクヤとワタルの呼吸が合いすぎて、輪に入れなかったというのもあるかもしれない。

「オレ厨房好きだからなー。オレはいいんだけど。ワタルが嫌がるか、やっぱ」
「嫌だよ」
「そんな事言わないでさ」
「ヒロトシさんに言うよオレ。真剣に厨房探してって。ホールはオレと店長の方がいいんだって」
「言うなってぇ、そんなの。何、ワタルはオレの料理食いたくねーの?」
「食いたいけど話違うし」
タクヤが笑った。
思わずワタルも笑ってしまった。

つい、つられて笑ってしまう。
タクヤの笑顔に負けてしまう。

「あー、そうだそうだ。ワタル、オレ最近手品教えてもらったの、ブロッケンに」
「ブロッケン?ああ、一昨日来てたもんね」
癖のある客のあだ名がブロッケン。インテリ風の親父。
「手にしたライターの重さを消す事が出来るんだけど」
「なにそれ。やってやって」
「ハイ、ライター持って」
タクヤに渡されたライターを掌に乗せる。
「で、目閉じて」
「はーい」
閉じる。

唇に何かが当たった。

目を開くと、タクヤの人差し指だった。
内緒、とでも言うように、ワタルの唇に当てられていた。

心臓の鼓動が早くなった。

タクヤはニコニコと笑っている。

「って、ホントはブロッケンにキスされた」
「されたの?!マジで?!」
「された。すっげビックリしたけど、ネタになるなーって」
「ちょ、ブロッケン何してんだよ」
オレの大事な店長に。
あのオカマ野郎。だから嫌いなんだブロッケン。

当てていた指先を、タクヤはそっと離し、どういう訳かそれを、自分の唇につけた。

あ、間接キス?
ワタルがそう思うより早く、タクヤが言った。
「オレが厨房専門になるの、お客様方にはまだ内緒な。しー」
その仕草が驚く程愛らしくて、色っぽくて。
ワタルは呆然とタクヤを見つめてしまった。

「だから、このネタやるよワタルに。ホールでウケる時に使って」
「う、うん」

心臓が血液を物凄いスピードで送り出している。

出会ってから何度も好きになってしまう。
タクヤが好きだ。
店長が好きだ。

オレだけの人になればいいのに。
ワタルはいつもそう思っている。


20070711完

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