喫茶店を後にした私たちはどこへ向かうでもなく、適当に歩く。


「ヨシタケくん…」
「はい?」
「本当にありがとうね」
「だからお礼はいいですって」


へこへことお礼を言う理由は先ほどの喫茶店でヨシタケくんに奢ってもらったからだ。ここは先輩の私が、と払おうとしたのに、ヨシタケくんがサッと伝票を持ってパパッとお会計してしまった。苺タルト代を払うと言ったけれど、ヨシタケくんは笑って「俺も一応男なんで。カッコつけさせてください」と言ったのだ。そこで胸がキュンとなったのは言うまでもない。
でもそれはそれで申し訳ないと思ってる。もし今度こういう機会があったら、次は私が払おう。次があるのか、わからないけれど。


「みょうじさんは今何か欲しいものとかあります?」
「え?えー、んー…」


ここでない、と言ったら終わりな気がする。せっかくのデートなのに、何もしないまま終わるなんて味気なさすぎる。何か欲しいもの、何か欲しいもの…。
考えて考え出した結果、私はおそるおそるヨシタケくんを見上げた。ヨシタケくんは小さく首を傾げている。


「あの、」
「はい?」
「ぶ、文房具、かな。もうノートないから買わなきゃ」


我ながら女らしさの欠片もない回答だ。なんでこうアクセサリーが欲しいの、とか咄嗟に言えないんだろう。夢見ろよ自分、現実的すぎるって。そんなことを考えてたら、ヨシタケくんがプッと笑い出した。


「ふっ、ははは」
「な、急になに!」
「いやー、みょうじさん面白いっすね」
「えっ!?」


何が面白かったのか、ヨシタケくんは肩を震わせて笑う。なぜか恥ずかしくなってきた私は顔を俯かせて、ちょっとだけ歩く速度を上げた。それに気付いたのか、ヨシタケくんの声が後ろから聞こえる。


「みょうじさん、すんませんって」
「…笑うなんてひどいよ」
「マジすんませんって…みょうじさんこっち向いてくださいよ」
「や、やだよ!今絶対変な顔してるから無理!」
「なんすか、それ。そう言われると余計見たくなるんすけど」


そう言って顔を覗き込もうとするヨシタケくんから逃げるように顔を逸らす。
前から思ってたけど、ヨシタケくんは意外と意地悪だ。田中の弟だけあってか、そもそもそういう性分なのか、実際はわからないけれど、意地悪だと思う。だからといってそれが嫌というわけではないし、むしろ嬉しく思う私は相当ヨシタケくんに惚れ込んでいるらしい。我ながら情けない話だ。


「!みょうじさん!」
「え?わわっ」


急に後ろに引っ張られたその瞬間、目の前を自転車が勢いよく通り過ぎる。危うくぶつかるところだった。ホッと安堵の息を吐いたあと、頭の上から声がして思わず顔を上げる。思いの外目の前にヨシタケくんの顔があって、顔がかぁっと熱くなった。


「大丈夫すか?」
「え!?は、はいっ大丈夫です!」
「ったく、危ねぇ運転だなー」


そう言ったあとなぜかヨシタケくんは私をじっと見つめてきた。その瞳から目を背けることも、顔を背けることもできない。そういえば今の出来事、少し前にもあったような気がする。あのときは雨が降ってて、ヨシタケくんが車から守ってくれたっけ。それで何故か傘を渡されて、ヨシタケくんは濡れて帰っちゃって…懐かしいな。なんだか結構前のことなのに、未だに鮮明に覚えてる。
そんな自分がおかしくて、つい笑ってしまった。


「?なんで笑うんすか」
「ん、ふふ、前もこういうことあったなぁって」
「あー、俺も今それ思い出してました」
「え?」
「あのあと風邪引いたりしませんでした?」
「ぜ、全然!風邪なんて全く引いてないよ!」
「そっか。それなら良かったっす」


そう言うとヨシタケくんは目を細くさせてふっと笑う。思わず見とれていたら、ヨシタケくんが首を傾げて「みょうじさん?」と声をかけてきた。慌ててヨシタケくんから離れる。


「ご、ごめん、ありがとう!」
「いや、いいすけど…みょうじさんてそそっかしいっすね」
「えぇ?!」
「見てて危なっかしいというか。ほっとけないですね」


悪戯っぽく笑うその顔に胸が高まりつつも、以前田中がそういうことを言っていたのを思い出した。やっぱり姉弟なんだなぁ、としみじみ思っていたらヨシタケくんが歩き出したのを見て慌てて追いかける。隣に並んだあと、話題が思い浮かばない私は、今さっき思い出したことを話すことにした。


「ねぇヨシタケくん」
「ん?なんすか?」
「さっきの、やつさ」
「さっきの?」
「えーと、見てて危なっかしいってやつ」
「あー、それがどうしました?」
「それね、田中にも同じこと言われたんだ」


そう言うとヨシタケくんは眉間にしわを寄せて、それはそれは嫌そうな顔をさせた。そんなに姉が嫌なのかと言ったことを後悔していると、そんな私に気付いたのかヨシタケくんは苦笑いを浮かべた。


「あーいや、その、なんつーか…同じこと考えてたのかと思うと微妙な気分すね」
「ご、ごめんね」
「いやいやみょうじさんが謝ること全然ないっす!しみじみ姉弟なんだなぁと思っただけで…」
「そんなに田中のこといや?」
「いやっつーか、あの人嘘ばっかつくし馬鹿だし変なとこ真面目だし…」


ヨシタケくんの言うことにすごく共感できてしまい、思わず笑いが込み上げてくる。ヨシタケくんの言う通りだけど、私は田中のことが好きだ。ヨシタケくんもどこかしら姉と似ているところがある。きっとヨシタケくんにとって、田中のことが疎ましいときもあるのだろうけど、兄弟がいない私にはそれが羨ましいと思った。


「田中が羨ましいなぁ」
「え?」
「私もヨシタケくんみたいな弟欲しかったよ」
「………」


私がそう言うと、ヨシタケくんが急に黙り込む。あれ、おかしなこと言ったかな!?と心の中で焦りながらヨシタケくんを見やると、ヨシタケくんは顎に手を当てて何か考えているようだった。


「俺は…」
「ん?」
「俺はみょうじさんと姉弟じゃなくて良かったっす」
「えっ?!」


ガーン、と音が出てきそうなくらいの衝撃が走る。
それはどういうこと?私と姉弟になりたくないっていうことでいいのか!?
ヨシタケくんの思いがけない言葉にショックを受けていると、ヨシタケくんが「だって」と続けた。


「姉弟だったらなんもできないっすもん」
「…?なんもできない?」
「ほら、手を繋いだりとか…こ、こうして一緒に出かけることもできないじゃないっすか。だから俺はみょうじさんが姉さんじゃなくてよかったすよ」


へへ、と笑うヨシタケくんに私は曖昧に相槌を打つしかなかった。姉弟だからといっても、手を繋いだりできるし買い物もできるはず。手を繋ぐのは小学生までとして、買い物だったらいつでもできるんじゃないのかな。
そんなことを思いながら歩いていると、目的地である文具店が目に入った。

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