あれからお互い黙ったまま降りる駅に到着する。人が降りていくのを着いていこうとしたら、まだ降りきっていないのに、電車に乗る人の波が襲い掛かってきた。


「(やばい、この波に負けたら電車から降りられなくなる!)」


一人パニックになっていると、不意に手を掴まれぐっと引き寄せられる。顔を上げるとヨシタケくんの後ろ姿が目に入り、掴まれた手を見たらヨシタケくんに手を握られていることに気付いた。
ヨシタケくんは乗ってくる人の波に戻されることなく、どんどん進んでいく。漸く電車の外に出られた私たちはお互い安堵の息を吐いた。


「はぁー…みょうじさん大丈夫っすか?」
「う、うん…ヨシタケくん重ね重ねありがとう…」


電車の扉が閉まる音に振り返ると電車内にいる人の多さに引いてしまう。さっきまであの中にいたのかと思うと身の毛がよだった。


「俺北口なんでこっちなんすけど、みょうじさんは?」
「私は中央口。あ…じゃあここでさよならだね」


北口と中央口はお互い反対方向で、少し残念だと思いながらそう口にする。何故かヨシタケくんが首を傾げるので、つられて私も首を傾げた。


「いや、えーと、何でもないっす」
「え、なに、気になるよ」
「あー…みょうじさんにさよならって言われんのなんか寂しいなって思っただけっすから」
「あぁ、そっかぁ…え?」


その言葉に思わず口がポカンとしてしまう。さよならって、別に大した意味で言ったわけじゃないのに。そう思いながらも少し嬉しくて、私は「じゃあ!」と声をあげた。


「また、メールする!」
「え、あ、はい」
「今日は本当にありがとう。それじゃ、またね!」


これ以上一緒にいたらだらしない顔を見せてしまうと危惧した私は、足早にヨシタケくんと別れる。ヨシタケくんが素であんなこと言うもんだからこちらの身がもたない。素というより天然か、どちらにしろあのまま居たら頭がパンクしていたに違いない。
学校に向かって歩いていたら携帯が震えてることに気付く。手に取って相手を見たら田中の文字で、通話ボタンを押して「もしもし」と答えた。


『あ、もしもし?あんた今どこにいんの?』
「今駅出たところ。あと10分くらいで着くよ」
『満員電車ヤバかったでしょ?大丈夫だった?』
「うん!だってヨ……」


ヨシタケくんの名前を言いかけて言葉を飲み込む。田中が『だってなに?』と追撃してきたから慌てて適当に答えた。


「だ、だって私の周り人いなかったし!」
『はぁ?周りに人いないとかあり得ないでしょ…それかあんた臭かったんじゃない?』
「そ、そうかなぁ…毎日お風呂入ってるけど」
『まぁ大丈夫そうなら良かったわ』
「うん!ていうかわざわざ田中からかけてくるの珍しいね」


話題を逸らすことに成功した私はホッと胸を撫で下ろす。しかし、次に発せられた田中の言葉に背筋が凍った。


『だってあそこの満員電車、痴漢多いから』
「へぇ、痴漢多いんだ…え?痴漢!?」


まさかそんなことがあったとは思わず驚きの声をあげる。周りの目が私に突き刺さるのを感じて、歩くペースを早めた。


『あの時間帯は避けた方が無難だわほんと』
「全然知らなかった…まぁでも田中なら痴漢の一人や二人やっつけられるよねー」
『私をなんだと思ってんだアンタは。学校着いたら覚えときなさいよ』


そう言うなりぷつりと通話が切れる。なんだかんだ言って心配してくれてたんだなぁと思うと心が温かくなった。
切れた携帯を見ながらふとヨシタケくんの顔が脳裏に浮かぶ。頬が緩むのを感じながら学校に着いたらメールしようと意気込むのだった。



*     *     *



「なに言ってんだ俺…」


みょうじさんと別れたあと北口から出て学校に向かいながら呟く。ばか正直に言わなくても誤魔化せばよかったのに、どうしてあんなことがペラペラと出るのか自分でもわからなかった。
はぁ、と溜め息をつきながらポケットに手を突っ込む。ふと携帯が震えてることに気付いた俺は携帯を出して見てみると、ヒデノリから数十件の着信が入っていた。今も携帯が震えている。


「(なんでこんなに着信が入ってるんだ…あぁ、なんか嫌な予感がする…)」


電話をかけ直すのもめんどくさくなった俺は震える携帯をまたポケットに突っ込む。校舎が見えてきたと思ったら、後ろから俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。


「ヨシタケー」
「ん?あ、ミツオ君じゃん。オース」
「お前さっき中央高校の人といたよな?」


ミツオ君の言葉に俺の足が止まる。まさか、と思いながらミツオ君を見るとミツオ君はきょとんとした顔をしていた。あ、これは害はないなと瞬時に判断した俺は軽く「まぁな」と頷いておく。


「へー、あの人と友達なの?」
「友達、ていうのか微妙なとこだな…」
「ふーん。つーか今日はヒデノリとタダクニと一緒じゃないんだな」
「あぁ、寝坊しちゃってさ」
「あーそういうことか。俺てっきりヒデノリたちと喧嘩かなんかしたのかと思ったよ」


そう言って笑うミツオ君に安堵しながら、再び足を動かす。俺がヒデノリたちと喧嘩?あり得ねぇよ、とかなんとか言っていたらミツオ君が「そうそう」と切り出した。
俺は首を傾げながらミツオ君を見る。


「ヒデノリにさー、ヨシタケが女の人と一緒にいるんだけどどーいうこと?てメールしたら実況しろって返ってきたんだよねー」
「へぇーそうなんだーくだらねーなぁヒデノリも………てはあぁぁっ?!」
「えっ、な、なに?どうしたヨシタケ!?」


ミツオ君の肩を勢いよく掴みかかる。ミツオ君はなにがなんだかわからないというような顔をしていて、俺は泣きたくなった。なんでお前こういうときでも空気読めねぇんだよ。そう突っ込むよりも先に、ヒデノリの声が耳に入る。幻聴だと思いたかったが、明らかに声が近付いてきていておそるおそる振り返った。


「おはよーヨシタケ君。朝のランデブーは楽しかったぁ?」
「うわああぁ!?」


俺は今日ほど学校を休みたいと思ったことはない。


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