電車に乗り込んだ私たちに、ある試練が与えられた。それは満員電車という試練だった。
いつも田中と乗るときは通勤ラッシュを避けるため少し早く家を出て電車に乗っている。そのため今までは満員電車を避けることができていた。しかし寝坊した今日はさすがに満員電車を避けては通れなかった。
私が前、後ろにヨシタケくんが並び電車から降りる人を待ってそれから私たちが電車に乗っていく。後ろにヨシタケくんがいるお陰で他人にぐいぐい押されずに済むが、それでも横から入ろうとする人に押されてしまう。
何とか電車の中に入ったはいいが回りは人、人、人でつり革に掴まる余裕もなかった。


「うぅ…」
「だ、大丈夫すか?」
「うん…?!」


ヨシタケくんに声をかけられ後ろを振り向こうとすると、思いの外ヨシタケくんが至近距離にいて私は慌てて顔を俯かせた。そりゃそうだ、これだけ人がいるんだから密着しないわけがない。
私の足のすぐ後ろにヨシタケくんの靴らしきものが見えて、余計恥ずかしくなってきた。


「みょうじさん?」
「だ、だだ大丈夫、うわ!?」


いつの間に電車の扉が閉まったのか、ガタン、と音をたてて電車が動き出した。その反動で体がぐらついてしまう。つり革に掴まっていない私の腕に誰かが強く引っ張った。
背中が誰かにぶつかると、ヨシタケくんの声が耳元で聞こえる。


「俺、つり革に掴まってるし、危ないから俺に掴まっててください」
「え、で、でも、わっ」


また電車に揺られ体が揺らぐも、ヨシタケくんが腕を掴んでくれてるお陰でふらつかずに済んだ。そうっと振り返るとヨシタケくんは少し顔を赤くさせて、ばつが悪そうに目を逸らす。


「どこでもいいから掴まっててください」
「どこでも、と言われましても…」
「俺のシャツとかでもいいんで」
「伸びちゃうよ?」
「元々伸びてるから平気っす」


そう言うヨシタケくんのシャツに目をやると、ヨシタケくんが言うようなことはなくむしろ綺麗なほうだった。そんなシャツを伸ばしちゃうのも悪いし、と思っていたら、駅に着いたのか扉が開く。人が少し減ることに安堵したが、その駅から入ってくる人の数に目を見張った。


「こっちっす」
「え?ちょ…」


ヨシタケくんに手を引かれ、降りていく人波を避けながら電車の中を進む。そしてある位置に来たらヨシタケくんは手を引いたまま私と自分の位置を入れ換えた。そこは扉と座席の間にある位置で、後ろには壁、すぐ近くにポールがあり、真ん中にいるよりも大分楽な位置に来ていた。私の目の前にいるヨシタケくんが、安心したように息を吐く。わざわざ私のためにここに連れてきてくれたんだと思ったら胸が高鳴った。
顔がじわじわと熱くなってくるのを感じながら口を開く。


「あ、ありがとうね」
「え?あ、べ、別にお礼言われることしてないし、た、たまたま空いたからってだけで…」
「でも、ありがとう…」
「うっ…あー…いえ…」


ヨシタケくんは頭をかきながらポールに手をかける。私もヨシタケくんの手の下辺りにポールを持つと、タイミング良く電車が動き出した。
目と鼻の先にヨシタケくんがいて、どうすればいいかわからず顔を俯かせて車内放送に耳を傾ける。私たちの駅まであと少しあり、嬉しいようなでも早く降りたいような、とにかく気が休まらなかった。そんな私を気にしてか、ヨシタケくんが「あの」とおそるおそる声をかけてきた。


「な、なに?」
「なんかすんません…いきなりこんなことして」
「え!?ヨシタケくんが謝ることないよ!むしろ私のほうが迷惑かけちゃってるし…」
「いや迷惑だなんて思ってないすよ。俺がしたくてやったことだし…あ、みょうじさん、もし嫌だったらはっきり嫌って言ってください」
「全然嫌じゃないよ、どっちかっていったら嬉しいし…」


そこまで言って私はハッとなる。「嬉しい」と確かに思ってはいたが、本人に向かってはっきり言ってしまった。嬉しいだなんて言われたらヨシタケくんに気持ち悪がられるかもしれない。なんてことを口走ってしまったのだろう、とサァと血の気が引くのを感じながらおそるおそるヨシタケくんの顔色を窺う。


「!」
「〜〜っ、そ、そんなら良かったっす…」


ヨシタケくんは頬はもちろん、耳まで真っ赤にさせていて、私までつられて顔に熱が集まってくる。ヨシタケくんに見られないように顔を俯かせ、にやけないよう必死に堪えた。そんな顔をされたら期待するじゃないか。
それから駅に着くまで、私たちはお互い黙ったままだった。


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -