ヒデノリに腕を引っ張られながらトイレを出ていく。ヨシタケは(面倒なことになった…)と掴まれていない方の手で頭を押さえた。
議論って言ったって何を議論するんだよ。
「タダクニ!」
「ん?やけに早かったな」
「今からお前んち行こうぜ!」
「はぁ?いきなりなんだよそれ」
「まぁまぁ、タダクニんちのほうが落ち着くし。よしとりあえず行くぞ!」
タダクニの制止も聞かず、ヒデノリはタダクニの腕を引っ張り二人を連れてマックを後にする。タダクニはヒデノリに腕を引っ張られながら、ヨシタケを見るとヨシタケは何故か諦めたような顔をしていた。そんなヨシタケにタダクニは首を捻ることしかできなかった。
タダクニは道中ヨシタケに何があったのか聞こうと試みるが、ヒデノリに何度も遮られ聞くことができない。ヒデノリが言うには家に着くまでは秘密らしい。
意味わからん、とタダクニは眉を寄せ、ヨシタケは深い溜め息をつくのだった。
こうしてヒデノリに連れられタダクニの家に到着すると、辺りはもう暗かった。ヒデノリを先頭に家へ入ろうとすると、タダクニがすかさず突っ込みを入れる。
「なんでお前が先頭なんだよ!お前んちじゃねーだろ!」
「えー?タダクニの家は俺の家、俺の家は俺の家だろ?」
「なにそのジャイアニズムな考え!」
「ただいまー」
「人の話を聞けぇー!」
相変わらずボケをかましまくるヒデノリに対し、ヨシタケはヒデノリに続くこともなくあっさりと「お邪魔します」と呟く。そんなヨシタケにタダクニは吃驚した。
「な、なんかあったのか?ヨシタケ…」
「…いや、別に」
「おーい二人とも何やってんだよ、早く来いって」
「お、おう」
ヨシタケの様子に疑問を持ちながらもタダクニは靴を脱いで家の中に入る。ヒデノリはタダクニの部屋から顔だけを出して手招きしていた。
タダクニの部屋に二人が入るとヒデノリは廊下を左右見てから襖を閉める。そして振り返ったヒデノリは眼鏡をあげ直した。
「えーコホン。では、今からみょうじさんのメールを見ようと思う」
「え?ヒデノリ、お前いつの間にみょうじさんと番号交換したの?」
「何いってんのタダクニ。俺じゃなくて、ヨシタケだよ」
「え?!マジで!?」
驚きながらヨシタケを見ると、ヨシタケは照れ臭いのか下を俯いていた。心なしか耳がほんのりと赤く染まっている。
タダクニはヨシタケに先をこされたことに正直ショックだった。
「タダクニくん。君にもいつかきっとこういう日が来るさ、いつかきっとな」
「うっ…ていうか同じこと二回も言うなよ!」
「まぁ、それは置いといて。ヨシタケ!さぁ見せるんだ!」
「……はぁ」
すでに諦めているヨシタケは抵抗することもなく携帯を取り出し、メール画面を開く。ヨシタケは受信ボックスにあるなまえのメールをそこで初めて開いた。
"今日は助けてくれたり、家まで送ってくれて本当にありがとう!ヨシタケくんももう家に着いた?"
なまえからのメールにヨシタケは少しだけ口元が緩む。そんなヨシタケの様子にヒデノリとタダクニは顔を合わせて、ヨシタケの後ろから携帯画面を覗き込んだ。
「"今日は助けてくれたり、家まで送ってくれて本当にありがとう!ヨシタケくんももう家に着いた?"……ほーお」
「んなっ、う、後ろから覗くなよ!」
「う、羨ましいなんて思ってないからな…!」
「顔や態度に羨ましいって表れてるぞお前」
ヒデノリにそう突っ込まれるとタダクニは両頬を押さえた。ヨシタケはそんなタダクニを見ると、確かに顔や態度に羨ましいって言ってるような気がした。
タダクニから視線を外すと、ニヤニヤしているヒデノリと目が合った。
「で?どう返事すんの?」
「え…あ、えーと」
かれこれメールが来てから30分以上は経っている。ヨシタケは慌てて携帯へ視線を移した。
普通にヒデノリやタダクニに送るような文を考えるが、相手は女の子だ。しかも少なからず好意は寄せている。そんな相手にヨシタケはどう返せばいいのかわからなかった。
「と、とりあえず"どういたしまして。俺は今タダクニの家にいます。"…はどうだろう?」
「…あのなぁ、そりゃちょっと素っ気ねぇだろ。いやちょっとどころじゃないな」
「いや、だってこういうのあんま慣れてないし」
「だから童貞なんだよ!」
「なっ、お前も童貞だろ!」
逆ギレのようなヒデノリにヨシタケは反論する。ヒデノリは腕を組み、ヨシタケの隣に座った。つられてタダクニもヨシタケの隣に座る。
「どういたしまして、はまだいい。だが、もう少し欲しいな」
「はぁ?」
「そうだなー、みょうじさんと話せて楽しかったーとか、今日一緒に帰った感想っつうの?を言ったほうがいいと思うんだよな」
「…そういうもん?」
「どういたしましてだけだと、一緒に帰ったのはその場の成り行きだったからかな、と相手が不安になるぞ」
「ふーん……タダクニはどう思う?」
「え?まぁ確かにどういたしましてだけはちょっと、とは思うけど」
タダクニにまでダメ出しされたヨシタケは、少しだけ凹んだ。自分だけが女心ってやつをわかっていないらしい。
ヒデノリにそう言われたヨシタケは、どういたしましての後に、"今日は色々話せて楽しかったです"と付け加えた。
「これでいいか?」
「…うん、まぁ73点ってとこだな」
「微妙だなオイ」
「よし、次だ。で、家に着いた、の返事はさっきの通りタダクニの家にいる、でいいと思う」
「じゃあこれで返」
「ちょっと待てーい!」
送信ボタンを押そうとしたヨシタケに、ヒデノリが待ったを言う。ヨシタケは眉を寄せながらヒデノリを見ると、ヒデノリは「これだから童貞は」と呟いた。
だからお前も童貞だろ。
「そこで切ったらメールが終わっちゃうだろ。せっかくのチャンスを棒に振る気か」
「じゃあ何を送ればいいんだよ」
「メールのやりとりを続けたいなら、"クエスチョンマーク"を使うんだ。それを使えば返さなきゃいけないって気になるだろ?」
「…なるほど」
「…確かに」
ヒデノリの言葉にヨシタケとタダクニは納得する。
何故ヒデノリがそういうことに詳しいのか、今は突っ込まないことにした。
「ヨシタケ、みょうじさんに聞きたいこととかあるか?」
「え…」
「なんでもいいぞ。とにかく何か聞きたいことがあったら何でも聞くんだ。みょうじさんのこと知りたいだろ?」
「そりゃ、まぁ…」
聞きたいこと、と急に言われたってそう易々と出てきたりはしない。考え込むヨシタケに、タダクニは心配そうにヨシタケを見つめる。
「うーん…そんなこと急に言われたってなぁ」
「じゃ、今日のこととか。今日は色々とすみませんでした、とかな。みょうじさんいい人だから全然大丈夫だよって返してくるかも」
「なんでお前そんなにわかるの?」
「俺に知らないことはない」
キリッとした顔で言うヒデノリが少し頼もしく見えた。
ヨシタケはヒデノリの言ったのを借りて、メールを打つ。完成したのをタダクニやヒデノリに見せると二人は頷いた。
「…じゃ送るわ」
「おう、健闘を祈る」
「それ送ったら帰れよ」
「おま、空気読めよ」
「明日も学校なんだから仕方ねえだろ」
「はぁ、これだから童て」
「何度も言わせるか!」
そんなヒデノリとタダクニのやりとりを見つつ、ヨシタケは送信ボタンを押す。
"送信完了"の文字を見て、ヨシタケは速くなる心臓を抑えるように腰を上げるのだった。