数歩先へ目線を落としながら歩く。
隣を歩くヨシタケくんに私はドキドキが収まることはなかった。こんな状況で冷静にいられるわけがない。
二人の間は相変わらず沈黙が流れているが、なんとなくその沈黙が心地よくも感じた。先程の会話で私は少なからず浮かれているのだ。
少し歩いてふと思ったのだが、ヨシタケくんは多分、私の勘違いじゃなかったらだけど、歩幅を合わせてくれているような気がする。勘違いだったら恥ずかしいけど。
それよりも駅までの道のりがこんなに遠く感じる日が来るとは思いもしなかった。中央高校から駅まではそれほど遠くは感じなかったが、真田北高校から歩いているせいかいつもより遠く感じた。



「雨、やんでよかったすね」
「えっ、あ、うん、そうだね」
「………」
「………」



うわあああー!何してるんだ自分!ヨシタケくんからわざわざ話し掛けてくれたのに、それだけしか言えないなんて情けなさすぎる!私のほうが年上なのに、何年下に気を遣わせてるんだこの役立たず!

私の心は荒れていた。
そして何を話せばいいのかぐるぐる頭を悩ませて悩ませて悩ませた結果、私が出した答えはこれだった。



「こんなに早く雨止むんだったら知らせて欲しいよねー!」



誰にだよ!いや誰が早く雨が止むってわかるんだよ!こんな自然現象、誰にもわかるはずないだろ!

私は心の中で頭を抱えた。発言も痛いが、自分で言って(心の中で)自分で突っ込む行為も痛々しい。ヨシタケくんはきっと心の中で私が突っ込んだことを同じように思っているに違いない。うわ、すごい恥ずかしい。



「俺もこんな早く止むなんて思わなかったっす。せっかくわざわざみょうじさんが傘持ってきてくれたっていうのに、使わないで持って帰るなんてもったいないと言うか」
「えっ」
「え?」
「あ、い、いや、なんでもないです…」



普通に会話している。いや突っ込んでほしかったわけじゃないし、むしろスルーしてくれて助かったのだけど、ヨシタケくんがまさかそんなことを言ってくださるなんて思いもしなかった。なんかさっきからヨシタケくんがキラキラ輝いて見える…!



「って、雨降ってないのになんで傘広げてるの?!」
「へ、みょうじさんが持ってきてくれたんで使わないで帰るのもったいないし、別に雨降ってなくても日よけにはなるんじゃないかなって」
「いやビニール傘だから日よけきれないよ!」
「あ、そういえばそっか」



そう言ってヨシタケくんはビニール傘を畳み、ビニール傘ってのを忘れてました、と照れ笑いを浮かべながら言った。ヨシタケくんはボケ属性なのだろうか。私のボケからさらにボケてくれたというのか。こやつ、やりよる…。



「ていうか、みょうじさんわざわざこっち来なくても姉さんに渡せばよかったんじゃないすか?」
「あーそれ考えたんだけどね。田中のことだから絶対なんか聞いてくるに違いないと思って。ヨシタケくんも田中から質問攻めされたくないでしょ?」
「……あー…確かに」
「それに、ヨシタケくんにちゃんとお礼も言いたかったし」
「え、お礼?」
「うん。その、あの時はわざわざ送ってくれてありがとう。あと傘も貸してくれて本当にありがとうね」



そう言ってヨシタケくんを見れば、ヨシタケくんは気恥ずかしいのか口をへの字にして、いや別に大したことしてないっすから、と呟いた。あの時よりも、今回のことだってちゃんとお礼を言わなくては。



「あと、ですね」
「へ」
「えーっと、今日、さっき、助けてくれて本当にありがとうございました」
「えっ、お、俺何にもしてないですし!助けてくれたのだって会長のお陰だし、」



むしろ俺が行ったら話ややこしくなっちゃったしすみませんでした、と謝るヨシタケくんに私はそんな!と声をあげた。



「ヨシタケくんが止めてくれなかったら連れていかれてたよー」
「俺が、みょうじさんのか、彼氏だって言うから変なことになりましたよ、ね…」
「………」
「………」



そう言ってさっきまでの和やかな空気から一気に気まずい空気に変わる。確かにヨシタケくんが私の彼氏だと言って変なことになったのはかわりないけれど、でもヨシタケくんが口を挟んでくれなかったら強引に連れて行かれただろう。
気まずい雰囲気に慌てて私はフォローするように口を開く。



「別に迷惑だなんて全然思わなかったし、それに結果的に助かったんだからそんな困った顔しないで!ヨシタケくんに助けてもらったことにはかわりないんだし!ね?」
「そうす、かね…」
「そうですよ!あ、ヨシタケくんにお礼言うだけじゃ私の気が済まないから、なんかご飯でも奢るよ!」
「えっ、いや、それは悪いっすよ」
「いいのいいの、遠慮しないでいいから!」



勢いよくそう言ったあと、私はハッと我に返る。え、今私ご飯奢るって言った、よね?ヨシタケくんを見ると困惑した顔をしていた。なんかフォローどころかフォロー以上のことを言ってしまったような。でもご飯を奢ると言ったからには、撤回するわけにもいかない。
覚悟を決めろ、腹を括るんだ自分!



「…みょうじさん?」
「あ…、…ヨシタケくん」
「はい?」
「ヨシタケくんさえよかったら、なんだけど…メアド、教えてくれない?」
「えっ」
「ほ、ほら、ご飯奢るって言ったし、…い、嫌なら仕方ない、けど」



断られたら悲しいことこの上ないが、それは仕方ない。ヨシタケくんが教えたくないというならば無理強いするわけにもいかないし。
どこに目線を置いておけばいいのかわからず、私は目を伏せる。するとヨシタケくんのほうから携帯の開く音がした。恐る恐る目線をあげると、ヨシタケくんが携帯の赤外線を私に向けているのがわかった。



「…ヨシタケくん?」
「や、その、別にご飯奢って欲しいわけじゃないすから」
「………」



じゃあなんのため?と聞こうと思ったけどやめて、私は頬が上がってくるのを堪えながら携帯を取り出し、ヨシタケくんの携帯の赤外線に自身の携帯の赤外線を合わせた。受信し終わり、田中ヨシタケという文字が携帯画面に表示され私は小躍りしたいくらい嬉しく思ったのは自分だけの秘密だ。

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