ヨシタケがみょうじさんと呟いて男子生徒の輪の中に入っていった後、ヒデノリとタダクニは呆然とヨシタケを見送るしかなかった。輪の中に入っていったヨシタケをしばらく見つめたあとタダクニはハッと我に返り、慌ててヒデノリに声をかける。
「あいつ行っちゃったけど大丈夫かな…」
「…ヨシタケ、あんなに必死になって…みょうじさんのこと相当心配なんだな…」
「は?」
ヒデノリはそう呟くと目を伏せてハァ、と溜め息をつく。そんなヒデノリを見たタダクニは顔を引きつらせ、ショックを受けてる場合か!?と心の中で突っ込んだ。
確かにヨシタケがあの輪の中に自ら入っていくなんて、ヒデノリの言う通り相当みょうじさんのことが気になるのだろう。そう思ったらヒデノリがショックを受けるのもわかる気がした。…いやなに言ってんだ俺。
「彼氏ですけど」
「「……え?」」
ふとあの輪からヨシタケの声がしたと思ったら、とんでもない発言をしていた。その声にタダクニとヒデノリは顔を見合わせる。
「今ヨシタケの声だったよな…?」
「ああ…間違いねぇ」
確認し合ったタダクニとヒデノリは視線をあの輪のほうへ投げ掛けた。しかし、ヨシタケの姿は見えるには見えるがギャラリーが邪魔をして、今ヨシタケがどのような状況になっているかわからない。
ヨシタケの彼氏発言に周囲にいるギャラリーはどよめく。
「タダクニ」
「ん?」
「俺ヨシタケに彼女がいたなんて知らなかったんだけど!」
「え、いや俺も今初めて聞いたよ!」
「ヨシタケのやつ、なんでそんな大事なことを俺たちに言ってくれなかったんだ!」
ヒデノリは悔しそうに奥歯を噛み締める。それは同感だと思ったタダクニだったが、徐々に集まってくるギャラリーを見てヒデノリに耳打ちした。
「なぁ、さすがにこれはヤバくねぇ?」
「…確かに。こりゃまずいな」
耳打ちされたヒデノリは目だけを動かし周りを見渡す。そのギャラリーはほとんど真田北高校の生徒だったがところどころ野次馬のような奴もいたのをヒデノリは逃がさなかった。
タダクニは困ったように呟く。
「モトハルに電話して来てもらったほうがいいような…」
「よし、俺が電話すっからヨシタケにそのことを伝えてくれ」
「は?なんて?」
「モトハルが来るまで頑張れって」
そう言うとヒデノリはすぐに携帯を取り出し、着信履歴からモトハルの名前を探して電話をかけ始めた。タダクニはヒデノリに言われたことをやり遂げようとヨシタケに近付こうとする。
(ぐっ……ま、全く進めねぇ…!)
ヒデノリの場所はヨシタケのところまで結構離れているため、そこからは伝えることができない。だからヨシタケの近くまで行こうとするが、沢山のギャラリーに阻まれてしまい思うように進めなかった。
どうすればいい、とヒデノリに振り返ったがヒデノリはモトハルに電話をかけている最中で全くタダクニに気付かない。
ここは1人でやるしかない、と覚悟を決めたタダクニは、とりあえずできるだけにヨシタケに近付く。雨が降っているから傘が邪魔で仕方ない。
「ヒデノリ!傘持っててくれ!」
「え?あ、おう」
電話中のヒデノリに傘を渡しギャラリーの中へとタダクニは姿を消した。
いきなり傘を渡されたヒデノリは、傘を渡した後どこかに姿を消したタダクニに慌ててモトハルへ状況を伝える。
「ヨシタケに続きタダクニまでどっか行っちまった!」
『はぁ?タダクニまで?何してんだあいつ』
「知らねぇ…なんか切羽詰まってる感じだったな。とにかく急いで来てくれ!ヨシタケとみょうじさんとついでにタダクニが危ない!」
『タダクニは自ら飛び込んで行っちまったんじゃねぇか!あっ、おい、唐沢』
『わかった、すぐ行くから待ってろ』
「唐沢!頼んだぞ!」
電話が切れた後、ヒデノリは1人輪の中にいるであろう二人(ついでにタダクニ)の無事を祈った。
ところ変わって傘をヒデノリに渡しギャラリーの中に突っ込んだタダクニは、やっとヨシタケの姿が見える位置まで辿り着いた。
ヨシタケにわかるよう両手をぶんぶん振る。
「ふーん?じゃあ…キスして証明してくんねぇ?二人がコイビトだっていう証明」
「「は?」」
「!」
ヨシタケに気付いてもらう前に、状況はさらに悪い方向に向かっていた。キス、という言葉にタダクニはカァと頬に熱が集まる。周りもその発言にどよめいていた。
(ハッ…固まってる場合じゃない!)
周りのどよめきに我に返ったタダクニは、ヨシタケに気付かれるためにまた両手をぶんぶん振って存在をアピールする。その甲斐あってかタダクニはヨシタケと目が合うことができた。
ヨシタケと目が合ったタダクニはヨシタケに声をかけようとするが、少し距離もあり、周りの声で聞こえないだろうと断念する。それならば、とタダクニはヨシタケにもわかるよう口パクをして見せた。
(モ・ト・ハ・ル!)
すべては伝えることができないため単語のみをヨシタケに伝える。
ヨシタケと目は合い続けているし、これならヨシタケにも伝わるはず。
そう思ったタダクニだったが、当の本人はわからないのか小首を傾げていた。
わかんないのかよ!とタダクニは額に手を当てて盛大に溜め息をつく。たがここで諦めるわけにはいかずタダクニは再度ヨシタケに向かって口パクをした。
(モ・ト・ハ・ル!!あー!あいつマジでわかんねぇのか!)
口パクでわかるほうがすごいだろう。そう突っ込む者は誰もいない。
未だわかる様子のないヨシタケに、タダクニはモトハルの顔を思い浮かべ両手で髪の毛を上げてオールバックにし、目付きも若干細くしてみる。そうするとヨシタケは何かピンと来たのか、両目が見開いた。
やっとわかってくれたとタダクニは嬉しくなるが、これだけでは何を伝えたいのかわからない。そこでタダクニは次に学校へ指をさしてからこの場所を指をさした。
ヨシタケはわかっただろうか。
「…ソレしたらどっか行ってくれるんすか?」
「!ちょ…」
えー!?
ヨシタケがそう言うとは思わなかったタダクニは思わず声をあげた。その声はヨシタケたちに届かずギャラリーの中に消えていく。
何考えてんだあいつ!とタダクニは目を丸くさせてヨシタケを見つめる。
みょうじさんも驚いてんじゃねぇか!
「ああ、俺らも人のもの取るほど落ちぶれちゃいねぇからな」
「嫌がってる子を連れていこうとしてる時点で落ちぶれてるだろ」
悪党のようなことを言う男子生徒に、ヨシタケは間髪入れず突っ込んだ。タダクニは、そのツッコミは正しいが今言ったら流石に油に火を注ぐようなものだと頭を抱える。
早くしろよ、と男子生徒の催促の声に慌ててヨシタケたちに目線を向ければ、ヨシタケはなまえの肩に手をかけているのが見えた。マジでするの!?とビビりながらも身体は正直なもので、顔に熱が集まるのを感じるタダクニだった。