以心伝心
あれからまた数日が経ち、身体はすっかり元気を取り戻した私は、エースという命の恩人の部屋の窓辺で外の景色を楽しんでいた。
あの時から私はこの人なら大丈夫だと信じて、今ではもう警戒心はない。触られてもつついたりしなくなった。ただそれ以外の人には自分から近付いていくことはできない。エースは信じられるけど、だからといって他人を信じられるわけもなく、周りには警戒しまくりだ。
エースはそれを見て困ったように笑うのだが、野生チョコボの性というやつだろう仕方のないことなのだ。
外の景色を見るのは楽しい。見たことがない建物ばかりで全く飽きがこない。それに沢山の人間がいて、その人間を観察するのも楽しかった。かといってあの場所へ行きたいとは思えないけれど。
――カチャン
扉の音に気付いた私はすぐに振り返る。そこには授業から帰ってきたのだろうエースが立っていた。
私は立ち上がるとエースに振り向き羽を上下に動かし歓迎をする。それを見てエースはいつものように優しい笑みを浮かべた。
「ただいま」
「ピィー!」
部屋に入ってくると必ずエースはそう言う。
最初は何を言っているのかよくわからなかったが、その言葉が私に言っていることだとわかると、私も返事を返さねばと使命感に駆られ鳴き声をあげることにした。初めて返事が返ってきた時のエースの驚いた顔は一生忘れないだろう。
エースは分厚い本を机の上に置くと、ベッドに座る。私は窓辺から離れてエースの隣へと移った。エースの横顔を見ると、どこか浮かない表情をしていて、心配になった私は躊躇いながらも声をかけてみた。
「ピィ…」
「…?」
どうしたの、と声をかけてもエースはただ首を傾げて私を見るだけだった。
私の言葉はエースに届かない。エースの言葉は私に届いているのに。私の言葉が届けば少しだけでも助けられたかもしれない。でもそれが叶うことはないのだ。
「どうしたんだ?」
「………」
「…餌、欲しいのか?」
「………」
違う、違うよ。
ただただ首を傾げるだけのエースに、私は俯く。餌が欲しいんじゃない、ただエースが心配だっただけ。そう伝えられたらエースはどんな表情をするんだろう、伝えられることはできないけど。
私はそんな考えを振り払うように、困った表情をするエースに向かって羽ばたかせた。
「うわっ」
「ピッ」
エースの肩に乗り自分のクチバシをエースの頬に近付ける。そして笑えと祈りながら頬を突っついた。できるだけ優しく突っついたつもりだ。
呆然としているエースに私はお構い無しに突っつく。突っついた回数は数えていないが、しばらくするとエースの手が私に伸びてきた。
エースが私に向けて手のひらを出す。それに気付いた私は突っつくのをやめ、おずおずと手のひらに乗った。手のひらはエースの目の前へと移動する。いきなり変なことし始めたから怒られるかもしれない。そう思った私はなかなか顔をあげられないでいた。
「…ありがとう」
「!」
その言葉に私は顔をあげる。エースはさっきの浮かない表情ではなく微笑みを浮かべていた。
「心配、してくれたんだろ?」
「…ピィ」
「…お前、優しいな」
そう言うとエースは優しく背中を撫でる。
私が心配していたことにエースは気付いてくれたのだとわかると転げ回りたくなるほど嬉しかった。
エースに背中を撫でられその心地好さに自然と目が閉じる。全部は伝えられなかったけれど、少しでも伝えられたならそれで満足だった。