歩み寄る切っ掛け



 エースとその三人(シンク、ナイン、ジャック)に連れられてきたヒナは、何故かエースと共に教壇の上に立っていた。エースが皆に紹介したいと言い出して、自分も仲良くなりたいと思い来てみたはいいが、何故教壇の上にいるのかわからずヒナは顔を引きつらせる。
 目の前には目を輝かせるシンクとジャック、ナインは険しい顔をしてヒナを見上げている。その他にも、エースがいきなり連れてきた彼女に興味を抱く者や、不審な目を向ける者もいて、彼らから注目を浴びていることにヒナは頭が痛くなってきた。


「エース、彼女は?」


 クイーンが眼鏡のブリッジを上げながらエースに話し掛ける。エースはぐるりと教室全体を見回すと、小さく息を吸って口を開いた。


「皆に紹介したくて連れてきた」
「はぁ?アタシたちに紹介?またなんでよ」


 ケイトが不服そうに唇を尖らせて教壇の上に立っているヒナに視線を向ける。その視線にびくりと肩を跳ねらせるヒナに、エースはぎゅっと手を握り締めた。
 ヒナはハッとしてエースを見る。エースはヒナに向けて微笑むと、すぐに真剣な表情をさせて前を見据えた。


「ヒナは僕の恋人だ」
「え!?」
『…………』


 一瞬の沈黙が流れたあと、0組の教室に驚愕の声が響いた。


「なにそれー?!」
「エース!あなたいきなり何を言い出すんですか?!」
「……また唐突だな」
「あんなやつが恋人だぁ?!冗談だろコラァ!」
「あの子顔真っ赤にさせて否定もしないから本当なんじゃないー?
「あの、エース?失礼ですが、恋人の意味を理解しているのですか?」
「それくらい僕にもわかる」
「やっぱりそうだったんだぁ〜!なんとなーくそうかなぁって思ってたんだよねぇ」
「はっ、女に現抜かしてる場合かよ」
「…エース、何故彼女を私たちに紹介しようと思ったんだ?」


 セブンの冷静な問い掛けにエースは目を伏せる。
 ある情景が脳裏を過って、ふと皆に紹介したいと思った。それを伝えたら彼らは納得できるのだろうか。ヒナ自身が皆と仲良くなりたいと言った。それを自分は手伝いたいと思った。それで納得してくれるだろうか。
 どう説明したらいいかわからず黙り込むエースを見て、ヒナはぎゅっとエースの手を握る。エースはハッとして顔をあげると、ヒナは前を見据えて口を開いた。


「は、8組から異動してきました、ヒナと言います!よ、よろしくお願いします!」
「…え?」
「は?異動?」
「ここに、ですか?」
「そうです!」
『…………』


 ヒナが断言した瞬間、また教室に驚愕の声が響き渡った。皆の驚く声が響くなか、エースがヒナの腕を掴んでヒナに詰め寄る。


「ヒナ、どういうことだ?」
「えっ、あれ、もしかして知らなかった…?」
「あぁ、今初めて聞いたぞ」
「えぇ?!…あ、そっか、これ渡してなかったっけ…」


 そう言うなりヒナは制服のポケットから四つ折りの紙を取り出す。そしてそれを開いてエースに渡すと、エースは紙に書かれてある文字を目で追った。


「……マザーからの異動命令?」
「そう、らしいね…」
「エース、わたくしにも見せてください」
「あ、あぁ」


 エースはクイーンにその紙を手渡すと、クイーン以外の皆も集まってきてクイーンの背後から紙を覗き込む。そこには確かに"異動命令"の文字と"8組在籍のヒナはアレシア・アルラシアからの命により本日から0組へ異動を命ずる。"と書かれていた。呆然とする彼らに、ヒナは頬をかく。


「…どうやら本当らしいですね」
「でもどうして今の時期に異動なんだろ?」
「さあな…」
「まーいいじゃん。新しい仲間ができたってことでさー」
「それもそうですね。ヒナさん、今日からよろしくお願いしますね」
「!は、はい!こちらこそ足手まといにならないように頑張ります!」
「ふふ、なんか健気でかわいいねぇ〜」


 クスクス笑うシンクにヒナは手を左右に振って一生懸命否定する。そんなヒナのもとに影が落ちた。突然周りより少しだけ暗くなる視界に、ヒナはゆっくりと振り返る。そこには眉を寄せたナインが彼女を見下ろしていた。


「オメー、0組に入るっつーことはそれなりの力があるんだよな?」
「…………」
「あ、固まってる」
「あは、そりゃ固まるよねぇ」
「アァン?聞いてんのかてめぇ」


 ずいっと顔を近付けてくるナインにヒナの顔が真っ青になる。静かに怒っているエースに気付いたエイトが慌ててナインを制しようと口を開いた瞬間――。


「……ご、」
「ご?」
「ごめんなさいぃぃ!!」
「ぅぐはっ!」


 ゴツンという音と共にナインが後ろに倒れる。一部始終を見ていたジャックは、盛大に吹き出し、腹を抱えて笑い出した。


「あは、あはははは!ヒナってばナイス頭突きー!」
「あああ、ごめんなさい、ごめんなさい、そんなつもりは…」
「いや、ヒナ、謝らなくていい。今のは確実にナインが悪いから」
「え、で、でも……」
「うんうん、エースの言う通り!今のはナインが悪いからアンタが気にすることないよ」
「ぷっ…頭突きされるとかナインだっさ」
「こらサイス、火に油を注ぐようなことは…」
「こんの、よくもやったなコラァ!」
「おいナイン!落ち着けって、相手は今日入ったばかりの女の子だぞ!」
「女だからって関係ねぇっつぅの!」
「今のはナインが悪いよぉ〜、喧嘩売るような態度だったし〜」
「いい加減になさい、ナイン。全く、女の子にそんな態度を取るような真似は感心できませんね。そもそも事の発端があなた自身であることを自覚しなさい」
「トレイの言う通りだ。その威勢のいいとこはお前の長所ではあるが、それは俺達以外に使ってくれ」
「うっ……」


 ナインが説教をされているなか、エースは呆然とそれを眺める。この光景に見覚えがあるような気がしてならなかった。
 ふとヒナに目を見遣る。ヒナはエース同様に呆然と彼らを見ていた。エースがヒナに声をかけると、ハッと我に返ってエースに振り返る。エースはヒナの瞳が潤んでいるような気がして、優しく頭を撫でながらヒナに問い掛けた。


「どうかしたのか?」
「……エース」
「ん?」
「なんか、この感じ…懐かしい気がして…」
「……そうか。僕も、懐かしいって思った。多分、気のせいなんかじゃないんじゃないかな」
「気のせいじゃない、か…うん、そうかも。あっ!ていうか止めなきゃ!」
「別に放っておいてもいいんだぞ」
「駄目だよ、私が元々悪いんだし…!」


 そう言うなりヒナは説教をされているナインたちに駆け寄る。エースはそれを眺めながら、ふっと笑みを浮かべた。
 気のせいなんかじゃない。確かにこんな日常が存在していた。だから、この先に起きるであろう出来事も。
 ヒナがナインたちに入っていった数分後、お互い謝り合う声を聞いてエースは一人ほくそ笑むのだった。

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