踏み出す一歩



 ある日、ヒナはカスミに呼ばれて軍令部に来ていた。そこには既にカスミがいて、ヒナはおそるおそる声をかけた。


「あのー…」
「ん?あ、あなたが8組のヒナね?」
「は、はい。私に何か用ですか?」
「あなたに大事な話があるの」
「大事な、話?」


 カスミは神妙な顔つきでヒナを見つめる。大事な話とはなんだろうと、ヒナは首を傾げて、カスミからの言葉を待った。


「実は、あなたにね――」







 エースは授業が終わるといつものようにチョコボ牧場に足を運ぶ。しかし、今日はジャックとシンク、そしてナインが着いてきた。どうやら課題の提出を忘れてしまい、そのペナルティとしてチョコボ牧場の手伝いを命じられたらしい。


「チョコボ牧場来たの久しぶりな気がするー」
「わたしも〜」
「チッ、なんだって俺がチョコボ牧場の掃除なんかしなきゃいけねぇんだよ…」


 課題を提出しなかったからだろう。エースは心の中でそう突っ込みを入れる。いちいち声に出して突っ込みを入れていたらキリがないからだ。
 エースは溜め息を溢しながら、少し離れて三人を見守る。まだヒナは来ていない。どうか三人の掃除が終わるまで来ないでほしいと祈るけれど、それは呆気なく崩れ落ちた。


「あ、エース…」
「!…ヒナ?」


 ヒナの声にエースは振り返る。魔法陣の前にいるのは間違いなくヒナだけれど、自分の顔を見るなり難しい顔になったのをエースは見逃さなかった。
 エースはすかさず彼女の傍に行く。


「何かあったのか?」
「え?…えと、何にもないよ」
「嘘つくな。ヒナ、僕に隠し事しようとしたって無駄だぞ」


 優しくそう言いながらエースはヒナの頬を撫でる。その仕草にヒナの顔は一気に赤くなり、恥ずかしいのか顔を俯かせた。そして、ヒナの口が動こうとした刹那。


「あー!エースがー!」
「!?」
「え?」


 ジャックの声が辺りに響く。ヒナはきょとんとした顔でエースを見上げ、エースは眉間に皺を寄せた。後ろからドタバタと騒がしい足音を立てて近付いてくる。
 ヒナはエースの後ろを覗くように顔を出すと大柄な男二人と、一人の女が自分達に向かって走ってくるのが目に飛び込んできた。何事かと目を丸くさせるヒナに、エースは腰に手をあてて、はぁ、と溜め息を溢す。
 三人はエースのところにたどり着くと、ヒナを取り囲んだ。いきなり取り囲まれ挙動不審になる彼女に、ジャックがエースを肘でつつく。


「いつの間にこんな可愛い子と知り合ってたなんて、エースも隅におけないねぇー」
「まさかあのエースがなァ…意外すぎんだろオイ」
「わたしシンク!ねぇねぇお名前は〜?」
「え、え?えと、そのっ…!」
「わっ、すごい顔赤くなってるけど大丈夫〜?」
「名前ぐらいすぐ名乗れねぇのかよ」
「そーいうナインこそ先に名乗りなよー。あ、僕はジャック、よろしくねぇ」
「つーかお前なんでエースと知り合いなんだ?あぁ?」
「ひぃ、な、なんでって、いわ、言われましても…!」
「こら、この子怯えてるでしょー!もーナインったらすぐそうやって脅かすんだから!」
「よしよ〜し、わたしたちがいるから大丈夫だよぉ〜」
「三人ともちょっと黙ってくれないか」


 どすの利いた声が四人の耳に入る。ヒナ以外の三人はぎょっとしてエースを凝視し、ヒナは不安げな表情でエースを見上げた。


「とりあえずヒナから離れてくれ。三メートルくらい」
「三メートルも?!」
「え〜、なんでそんなに離れなきゃいけないの〜?」
「三メートルってどんくらいだ?」
「いいからとにかく離れろ」


 エースは三人をじろりと見ると、三人はお互い顔を見合わせてヒナからゆっくり離れた。エースは三人をチョコボ牧場の端に行くよう促す。今はエースに反抗しないほうがいい、と察した三人は素直にチョコボ牧場の端まで歩いていった。
 三人が牧場の端に着いたのを確認するとエースはヒナに声をかける。


「大丈夫か?」
「だっ、大丈夫!あの、気を遣わせてごめんなさい…」
「ヒナが謝ることないさ。いきなり近付いてきたのはあいつらだからな」


 エースはちらりと三人に目を移す。三人は不思議そうにこちらをじっと見ていた。三人揃ってこちらを見られていることに気付いたヒナは恥ずかしそうに首を竦める。エースはそんなヒナを見て、ふぅ、と一息吐き彼女の頭に手を置いた。


「怖い思いさせてごめんな」
「え、あ、ううん、違うの!」
「え?」
「そりゃあいきなり囲まれたのはびっくりしたけど…でもなんかあの人たち見て、懐かしいなって思って…自分でもよくわかんないんだけど…」


 そう言いながらヒナは小首を傾げる。その言葉にエースの脳裏に教室の情景がふと浮かんだ。それは小さなチョコボを取り囲む自分達の仲間の姿だった。


「エース?」
「!」


 不意にヒナに声をかけられ我に返る。目の前にいるヒナを見て、エースは顔を俯かせ顎に手を当てた。考え込むエースをヒナは不思議そうに見つめる。


「…ヒナ」
「ん?」
「皆にヒナのことを紹介したいんだけど」
「えっ!?」
「嫌か?」


 ヒナは呆然とエースを見つめる。そんな彼女に、エースは眉尻を下げて苦笑いを浮かべた。


「急に変なこと言ってごめん。いきなりそんなことできるわけ…」
「しょ、紹介して!」
「!」
「あの、えっと、……私も、エースの仲間のことが知りたい」
「大丈夫、なのか?」
「わかんない、けど…仲良くなりたい」
「…………」
「エースの組の人たちと遊んだような夢は覚えてるけど、それ以外はなんにも覚えてないから…。だから、ちゃんと顔を見て、名前を覚えたい。あと、で、できるなら仲良くなりたいなぁって」


 そう言ってはにかむ彼女に、エースは少しだけ目を開かせ、すぐに微笑みを浮かべる。不意に彼女の手を取ると、エースは歩き出した。その行く先にヒナは顔を強張らせるけれど、繋がれた手の温もりに応えるように前を真っ直ぐ見据えるのだった。

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