彼女と雛チョコボとエース



 皇国から帰ってきた翌日、まだ陽が登り始めた頃に目が覚めたエースは自室を出て、チョコボ牧場に向かっていた。チョコボ牧場に足を運びながら、エースは昨晩見た夢を思い出していた。
 それは自分が小さなチョコボと過ごしている夢で、餌をあげたり、小さな体を撫でたり、チョコボが自分に擦り寄ってきたり、夢の中なのにひどく懐かしく感じた。そのチョコボは人見知りが激しくて、自分以外の人間となかなか打ち解けられない性格で、でも人間の言うことがわかる頭の良いチョコボで。未だ目覚めぬ彼女にそっくりだった。
 チョコボ牧場に着くと顔を上げる。ふと目に映った候補生の制服に、エースは目を見張った。


「ヒナ……?」


 その後ろ姿はずっと目を覚ますことのなかった彼女によく似ていて、エースは彼女の名前を呟く。彼女はチョコボ牧場の広場の真ん中に立っていた。
 どくんどくんと心臓が大きく脈を打つ。エースはおそるおそる足を踏み出し、一歩一歩彼女に近付いていく。段々と早足になっていくのを感じながら、エースは手を伸ばして彼女の肩を掴んだ。


「!?」


 不意に肩を掴まれたからか彼女が勢いよく振り返る。彼女の顔と黄色い瞳を捉えたエースは何故か呆然と彼女を見つめた。
 どうして彼女がここに?いや、彼女は昨日まで意識を失っていたはず。ここにいるのは本物だよな?
 自問自答するエースにヒナが口を開いた。


「エー…ス…?」
「……ヒナ、だよな…?」


 自分の名前を呟く彼女にエースが確認するように問い掛ける。ヒナがコクンと首を縦に振ると、エースは大きく息を吐きながらしゃがみこんだ。


「え、エース!?」
「…良かった」
「え?」
「もう、目が覚めないかと思った」


 エースがそう呟いたのを聞いて、ヒナは目を見開く。そしてエースと目線を合わせるようにしゃがみこみ、エースの顔を覗き込んだ。


「エース」
「…顔見るな」
「なんで?」
「今多分…凄い情けない顔してると思うから」


 顔を見せまいとヒナの目線から顔を逸らす。そんなエースにヒナは胸が高鳴り、自然と緩んでくる口元を抑えながら逃げるエースの顔を覗き込んだ。


「!」
「……情けない顔、してるだろ?」


 エースの瞳がヒナを捉える。泣きそうな、でもそれでいて嬉しそうな、そんな複雑な表情をしていてヒナは目を見張った。込み上げてくる愛しさにヒナの瞼が熱くなる。目の前の視界がボヤけてきて、ヒナは慌てて立ち上がりエースに背を向けた。


「ヒナ…?」
「み、見ないでね、私も、今情けない顔してるから…」


 震える声を聞いてエースは感付く。肩を震わせている彼女に向かって両手を広げ、自分の腕の中に彼女を包み込んだ。驚いたのかびくりと体を跳ねらせる彼女に、エースは小さく笑う。そんな彼女の腕の中で、布でくるまれている何かに気付いた。


「ヒナ、それは…?」
「あ、これはね」


 ズズ、と鼻を啜らせながら彼女は布でくるまれている何かに目線を移す。手で布を少し捲ると、そこから小さなチョコボの顔が出てきた。眉を寄せるエースに、彼女は口を開かせる。


「目が覚めたとき、私の傍に居たんだ」
「雛、チョコボが…?」
「うん…もう、死んじゃってるんだけどね…」


 悲しげにそう呟くヒナにエースは少しだけ腕に力を入れる。ヒナは雛チョコボの小さな顔を撫でながら口を開いた。


「寝てる間、ずっと夢を見てた」
「夢?」
「ん…ね、笑わない?」
「…内容によるかもな」
「なっ、い、意地悪…」
「冗談だよ。笑わない」


 エースがフッと笑うとヒナは肩を竦ませる。ちらりと耳を見ると少し赤みがかっていて、エースは口元を緩ませた。


「私がチョコボになってたっていう夢…で」
「へぇ…どんなチョコボになったんだ?」
「それはわかんないけど、でも多分雛チョコボじゃないかな。周りが皆大きかったから」
「ふぅん…」
「それで、エースに拾われたの」
「僕に拾われた?」
「うん!なんでかわかんないけど、エースと一緒に過ごしてた。エースが餌をくれたり、手に乗せてくれたり、色んな所に連れていってもらったり。なんか凄く楽しかったような気がする」


 そう楽しそうに話す彼女にエースは目を見開く。その夢の内容が昨晩自分が見た夢の内容と同じだったからだ。何も言わないエースに首を傾げながらヒナは続ける。


「でね、エースの組の人達に囲まれるんだ。最初はどうすればいいかわかんなかったけど、でも皆いい人っぽくて。顔は思い出せないんだけどね」
「…それで?」
「あとは、えーと、モーグリ、そう、モーグリと緑色の何かが出てきたよ!モーグリはともかく緑色の何かが凄く良い子でね。そうそう、チョコボ牧場の雛チョコボと追い掛けっこもしたなぁ」


 彼女の言うその緑色の何かとはきっとトンベリのことだろう。楽しそうに話す彼女に耳を傾けていると、不意に彼女の声が聞こえなくなった。不思議に思ったエースが彼女の名前を呼ぶと、彼女の肩が小さく揺れる。


「…どうしたんだ?」
「ううん…なんでもない」


 さっきまで楽しそうに話していたのに急にしおらしくなる彼女のあまりの落差に、エースは眉間に皺を寄せる。
 暫く黙っていた彼女だったけれど、言う決心がついたのかおそるおそる口を開いた。


「エースたちって最近、皇国に行かなかった?」
「!なんで知って…」
「…何となく。私も皇国に行った、ような気がして…そこでエースたちに会ったような気が、したから…」


 記憶が曖昧だけど、そんな気がするんだ。
 そう話す彼女にエースは皇国で起きた、普通なら有り得ない出来事の光景が脳裏を過る。血だらけの大きなチョコボが二羽の雛チョコボを連れて、自分たちが通った地下道を駆けていったその姿が、エースの頭の中にはっきりと思い浮かんだ。


「……そうか」
「うん…」


 二人の間に沈黙が流れる。それを破ったのはヒナだった。


「この雛チョコボって」
「ん?」
「もしかしたら、夢の私だったかもしれないなって」
「…うん」
「おかしいかな…?」
「いや、おかしくなんかない。僕も、そう思うから」


 エースは布にくるまれているチョコボの頭を撫でる。すると雛チョコボの鳴き声が聞こえたような気がして、頭を撫でる手を止めた。ヒナも鳴き声に気付いたのか顔をキョロキョロさせる。


「今…」
「あぁ…」
「ピィ、ピィー!」
「ピィー!」
「…………」
「…………」


 二人同時に足元に視線を移せば、そこには二羽の雛チョコボが二人を見上げていて、ヒナとエースはお互い顔を見合わせる。そしてどちらからともなく笑い合うと、エースはヒナの額に自分の額をくっ付けた。


「おかえり、ヒナ」
「!、えへへ、ただいま、エース」


 ヒナがそう言ったあと、二羽の雛チョコボとは違う鳴き声が二人の耳に入ってきたのだった。

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