記憶のかけら



 蒼龍のホシヒメのお陰で皇国首都を脱出した僕たちは、旧ロリカ同盟領の廃屋で一夜を明かし翌日朱雀に帰投した。
 朱雀に帰投した僕たちは、クラサメから指示があるまで自由時間が与えられる。皆は疲労が溜まっていたせいか自室に戻っていく中、僕だけは自室に戻らず、チョコボ牧場へと急いだ。
 チョコボ牧場に着いた僕の目に映ったのは二羽の雛チョコボだった。元気そうな姿に安堵の息を吐く。そこへヒショウが僕に気付き、近寄ってきた。


「よ、おかえり。無事で何よりだよ」
「あぁ……ヒショウ、あいつは?」


 僕の言葉にヒショウは気まずそうに僕から顔を逸らす。その仕草に僕は嫌な予感がした。
 何も言えないでいると、ヒショウがおそるおそる手の中にあるものを僕に見せる。ヒショウの手の中には、僕がトンベリからもらった朱色の小さなマントが収まっていた。


「…これ」
「エースたちが朱雀を発ったその夜に、チョコボ牧場の雛チョコボが何者かに攫われたんだ」
「え…?」
「急いで四課に調べてもらったら、皇国の奴が朱雀兵を装って潜り込んでいたんだ。最初から雛チョコボを狙ってたらしい」
「でも、攫われたって…雛チョコボはここにいるじゃないか」
「あぁ、こいつらは…エースのチョコボが助けてくれた」
「は?」
「聞いた話だけど、確かにエースのチョコボがこいつらを救ってくれたんだ」


 そう言ってヒショウは悔しそうに唇を噛む。そして僕に向かって勢いよく頭を下げた。


「エース、本当にごめん…!謝って済む問題じゃないことはわかってる。俺が少しの間目を離していたのが悪いんだ。俺がチョコボたちから目を離さなかったらこんなことにならずに済んだのに……チョコボを守ってやることができなくて、本当にごめん!!」
「あ、頭を上げてくれ。とりあえず二羽のチョコボが無事で良かったよ。…そういえばチョコボはどこにいるんだ?ここには居ないのか?」


 そう言うとヒショウがゆっくり頭を上げる。顔を俯かせたまま、ヒショウは話し始めた。


「エースのチョコボはここにはいないんだ」
「じゃあどこに……」
「"お前が一番大切に思っている人間の元に来い"」
「?」
「二羽のチョコボを連れてきた奴が、エースにそう伝えてくれって言われたよ」
「……!」


 ヒショウの言葉に僕は踵を返す。魔法陣を起動させ、僕はあそこに向かった。
 誰が二羽のチョコボを連れてきたのか、誰がそう言ったのか謎だ。しかし、そんなことを考えるより早く僕の体が動き出す。何も考えられないほど、僕の足は彼女の元に向かって走り出していた。
 薄暗い廊下を走る。いつもガラス越しから見ていたけれど、それを通り越し、彼女が眠っているであろう個室の扉を勢いよく開けた。


「はぁ、はぁ…ヒナ…!」


 帰ってきたばかりの体に鞭を打ったせいか、全身が倦怠感に襲われる。足元に力を入れてゆっくり彼女に近付いていくと、眠っている彼女の胸元に、血だらけとなったチョコボが置かれていた。


「どうして、ここにチョコボが…」


 僕は目を見開き、震える手でおそるおそるチョコボに触る。チョコボの体は暖かいけれど動く気配はない。少しして気付いた。チョコボの息が、もうないことに。


「チョコボはあなたが来る少し前に息を引き取ったわ」
「!」


 背後から急に聞こえてきたマザーの声に驚いて、慌てて振り返る。マザーは僕の目を真っ直ぐ見つめながら口を開いた。


「悲しい?」
「…………」


 マザーの言葉に僕は顔を俯かせる。悲しいかと言われても、チョコボと過ごした記憶などない。でも何故か心の中にぽっかり穴が開いたような虚無感が僕を襲った。


「そのチョコボは、あなたが飼っていたのよ」
「…そうなんだ」
「他人事なのね」
「記憶が、ないからかな」


 苦笑する僕にマザーが目を細める。そして視線をベッドに移した。僕もそれにつられて彼女に目を移す。


「彼女のことは覚えているの?」
「彼女…は……」







 エースが居なくなるとアレシアは煙管に口をつける。煙を吸って吐き出すと、アレシアはフッと笑みを浮かべた。


「これも運命、なのかしらね」


 アレシアは彼女の胸元で息を引き取った雛チョコボの上に手をかざす。雛チョコボの体の表面に着いている血を全て拭い、彼女の傍に置く。


「いきなさい。もうあなたに用はないわ」


 そう言うとアレシアは踵を返し、部屋から出ていった。

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -