過保護の理由
0組の皆が豪語するほど、エースは過保護だ。それに対して私は嫌とも思わないし、むしろ嬉しい。でもそれは結局私がチョコボだから過保護なだけなんだと思っていた。
マキナとエースと共にチョコボ牧場に遊びに来た私は、二羽のチョコボをこの間のように追いかけ回していた。マキナとエースは広場の前で何やら談笑している。チョコボを追い掛けるのに疲れた私は、エースを驚かせようと抜き足差し足で二人に近付いた。
二人との距離が縮まってくると、マキナの話し声が耳に入る。
「あの子と同じくらい過保護だよな」
「そうか?」
マキナの言葉にピタリと足が止まる。マキナの言ったあの子は、もしかして私のことだろうか。盗み聞きは良くないと思いつつも、私の耳は二人の会話に集中した。
「ヒナのときもかなり過保護だったって」
「…ヒナを見てると危なっかしくてつい、な」
「あー確かに。何ていうかフラフラして掴み所ないよなあいつ」
二人の背中を見つめる。どんな表情をしているかはわからないけれど、マキナは何となく苦笑いしているような気がした。
危なっかしいとはなんだ。フラフラして掴み所ないってどういうことだ。少しムッとするけれど二人が自分のことを話すなんて思わず、私は気付かれないようさらに近付いていく。
「そういえば、マキナとヒナはどう知り合ったんだ?」
「ん?……気になるのか?」
「いや…別に、何となく」
エースは歯切れ悪く言うと気まずそうにマキナから顔を逸らす。マキナは肩を震わせながらエースをちらりと見た。マキナの横顔はにやにやと笑っていた。
ふとマキナと知り合った切っ掛けを思い出してみる。確か、誰かに紹介された気がする。しかしその肝心の誰かを私は思い出せなかった。
「気になるなら気になるってはっきり言えよ」
「気にしてない。ただ何となくだ」
「素直に認めろって」
「しつこいな…言いたくないなら別に言わなくてもいい」
「拗ねんなよ」
「拗ねてない」
エースがそう言うとマキナは堰を切ったように笑い出した。辺りにマキナの笑い声が響く。
「ははは……はあー、ヒナも大概だけどエースも同じくらい分かりやすいな」
「…………」
「っと、それでヒナとどう知り合ったか、か…。悪いけど、俺もよく覚えてないんだ」
「え?…覚えて、ないのか?」
「んー…誰かから紹介されたんだよ。で、それから話すようになって…。その誰かを思い出せないってことはそいつ、死んだんだろうな」
「…そうだったのか」
「あぁでもあいつ、極度の人見知りだからか俺とまともに話したことなんてなかったなぁ」
「そうなのか?よく話してるところ見掛けたけど」
「いやー話すって言っても一言、二言くらいだったような気がする。たまにヒショウが輪に入ってくれたけど、初めて目を合わせてくれたのはエースがヒナと話してる途中に、俺がエースに話しかけたときだったな」
「……ふーん」
「邪魔するなって目で言われたの今でも覚えてるよ」
そんなことあったかと記憶を辿ってみる。思い返してみれば確かに私はマキナと一対一でまともに話したことがなかった。マキナが気を遣って話しかけてくれたけれど、私は気を許せず返事をするだけで、ほとんど会話らしい会話はしていないような気がした。
そして、エースと話しているときにマキナがエースに話しかけてきたのを思い出す。あの時、私はエースと話すことに夢中でマキナがエースに話し掛けるまで気が付かなかった。マキナがエースに話し掛けて初めてマキナと目を合わせた気がする。別に邪魔をするなという目線を送ったつもりはないけれど、マキナにはそう見えたんだろう。今更ながら申し訳なくなってきた。
「安心しろって。俺はヒナのこと何とも思ってないから」
「安心って…だから、別に僕は」
「ヒナが好きなんだろ?」
「…………」
「はぁ…早く目、覚めないかな」
なぁ、エース。マキナがそう言うとエースは、あぁ、と短く返事をした。
二人の会話を聞いて、やっぱり私は人間に戻りたいと思った。今のチョコボのままでもエースの側に居られて幸せだけれど、でも人間として側に居られるほうがもっと幸せなんだろうなと、そう思った。
それからマキナとエースはヒショウに呼ばれてそっちに向かっていく。私は二人を追い掛けようとしたけれど、不意に後ろから声を掛けられた。
『ねぇ!』
『!な、なに?』
振り返るとあの二羽のチョコボがすぐ目の前にいて、思わず後ずさる。チョコボたちは私の目を真っ直ぐ見つめながら口を開いた。
『キミの目って変わってるよね!』
『…え?』
『チョコボなのに黄色い目をしてるもの。遊んでくれてた女の子と同じ!』
『黄色い、目…』
『だからかなぁ。エースのキミを見る目が凄く優しいんだよね』
『…………』
その言葉に私はエースに視線を向ける。
エースが私を過保護にするのは、人間だった頃の私を過保護にしていたから?チョコボである私と人間の私を、無意識に重ねて見ていたから?
疑問だけが私の頭の中を埋め尽くす。その疑問に答えることができる人間はエースしかいないのだけれど、チョコボである私にその疑問をエースにぶつけることはできない。言葉や思いを伝えたいのに伝えられないことが、辛くて苦しかった。
様々な感情が胸の中を渦巻く。私はそれを振り払うようにエースに向かって走り出した。