近いようで遠い



 翌日、私はエースより先に起きてエースが起きるまでずっと寝顔を見つめていた。
 長い睫毛が羨ましい。端整な顔立ちで羨ましい。髪の毛がさらさらで羨ましい。
 でもこういうのが見れるのは、チョコボになれたからこそだ。チョコボも捨てたもんじゃないなとひとり頷いていたら、エースの瞼がゆっくり上がり両目がしっかりと私を捉えた。


「……お前勝手に抜け出したのか?」
「ピィ!」
「…ふ、はは、朝から元気だな」


 そう言って微笑むエースの頬に顔をくっつける。こういうことができるのもチョコボだからだろう。人間だったら絶対できない。
 エースは起き上がり両腕を上げて伸びをする。そのすぐ横で毛繕いしていたら不意にエースが私を掬い上げた。首を傾げながらエースを見上げる。


「不思議な夢を見たんだ」
「ピィ」
「…笑わないか?」
「ピィ!」


 勢いよく返事をするとエースは柔らかい表情で私を優しく撫でる。エースの手付きが心地好くて、思わず目を閉じて身を委ねた。


「お前が、人間になる夢」
「!」
「笑えるだろ?」


 その言葉に驚いてエースを見上げる。エースは苦笑を浮かべていて、私は首を横に振った。そんな私を見て小さく笑いながら「ありがとう」と呟き、私を下ろすと身支度を整え始めた。
 エースの後ろ姿を見つめながら切ない気持ちになる。きっと記憶がないときにそれを聞いていたら舞い上がっていただろう。でも記憶が戻った今それを聞いて、私は心が揺れた。
 もしチョコボの私が死んだら、エースは悲しむだろうか。それともチョコボと過ごしていたという事実を、呆気なく忘れてしまうのだろうか。
 この世界はクリスタルの忘却により関わった人や生物との記憶が消失する。あの人は言っていた。私の身体が消滅すればエースは私のことを忘れると。私が何もしないでずっとエースのそばにいれば、エースは人間の私を忘れて悲しむことはなくなる。チョコボとして生まれ変わった私はエースの側にいられる。それならエースが悲しまない選択をしたほうがいいんじゃないか?
 ちらりとエースを見る。あんなに近かったエースが何故か遠くなってしまったような、そんな気がした。



 授業はじっとしていればいいだけだから楽だ。ジロジロ見られるのは嫌だけれどエースも側にいるし、トンベリも居てくれる。チョコボになれなかったら、トンベリがいい子だということも0組の皆がいい人だということもわからなかっただろう。色々不便ではあるけれど、チョコボになれてよかったと思った。
 授業が終わった途端、私の元に飛んできたのはシンクだった。


「チョコちゃ〜ん!見て見て〜!」


 チョコちゃん?名前か何かだろうかと首を傾げる。そこへケイトがやってきて私と同じように首を傾げた。


「チョコちゃんって、まさかチョコボの名前?」
「ピンポ〜ン!名前つけてないって聞いたからわたしが付けてあげたんだ〜。あ、あとこれ」


 ずいっと目の前に差し出されたのはチョコボの餌となる野菜で、この匂いからしてシルキスの野菜だろう。どうしてシンクがこんなものを持っているのかと見上げると、「この間のミッションで拾ったんだぁ〜」とにこにこ笑いながら口にした。
 目の前に差し出されたシルキスの野菜は何故かしっとりしていて、思わず少し後ずさる。この間のミッションっていつのことだろう。


「……シンク、ミッションっていつのミッションなんだ?」
「え〜と、いつだったかなぁ〜?」
「この野菜本当に大丈夫なの?萎びてる気がするけど」


 そう〜?と言いながら野菜を見つめる。それをエースが間髪入れずに取り上げた。


「いつのやつかわからないものをあげて、チョコボの調子が悪くなったらどうするんだ」
「うっ…そうだよねぇ…ごめんなさい…」


 しゅんと項垂れるシンクを見て、私はちょっとだけ同情する。いつのやつかわからないものでも私のために持ってきてくれたのだと思うと、少し嬉しかった。
 私はエースに向かって鳴き声をあげる。


「ピィ」
「どうした?」
「ピィ、ピィ」
「……まさか」
「そのまさかクポー。その野菜食べたいって言ってるクポ」
「え、マジ?」


 ケイトとエースは顔を見合わせる。私はじっとエースを見つめていると、エースは呆れたように溜め息を吐いた。


「…ほら、シンク」
「へ?」
「自分の手からあげたいんだろ?」
「!うん!」


 エースの手から野菜を貰うと嬉しそうに私の目の前に野菜を差し出す。とりあえず食べられそうか確認するため匂いを嗅いでみた。美味しそうな香りは健在していて、多分これなら大丈夫だろう。動物的な勘を信じて、私はシルキスの野菜をつついた。うん、萎びてるけど味は問題ない。


「エース、大丈夫なの?」
「まぁ大丈夫だろ。あいつも嬉しそうだしな」
「シンクも嬉しそうだね」
「あぁ」
「あ、シンクが餌あげてるー!いいなぁ、僕もあげたーい」
「ジャックの場合、頭ごと差し出したほうが喜ばれるんじゃない?」
「えっ、なんでケイト知ってるの!?」
「もう皆知ってるっての」
「恥ずかしいなぁもう…ていうかシンクの拾ったあの野菜、机にずっとしまってたらしいけど食べても大丈夫なの?」
「…………」
「あ、エースが回収しに行った」
「あはは、エースったらほんと過保護だなぁ」

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -