私のなまえ



 あのあと、エースは部屋に戻り私を箱の中に戻した。
 日が暮れ、寝床に着く前、エースは私におやすみと言ってベッドに入る。私も干し草の上に座り寝る体勢に入った。
 エースの寝息が耳に入る。もう寝たのか、そう思いながら私は箱から飛び出した。エースの寝顔を見ると胸が締め付けられる。


「(私は、チョコボだ)」


 そう自分に言い聞かせ、エースから顔を逸らし窓から夜空を見上げた。月が辺りを照らしていて、何となく明るく感じる。不意に木の軋む音が聞こえ、振り返るとつい先日エースと話していたあの人が目に入った。


「エースから話を聞いたのね」
「…………」


 凛とした声が部屋に響く。エースに視線を向けても、エースは気付いていないのか眠ったままだった。
 冷たい目で私を見る彼女に私は身を縮める。今すぐエースを起こしたい衝動に駆られるがあの時と同じように体は動かなかった。


「ずっと気になっていたのよ。あの子の魂がどこにあるか」
「?」


 どういうことだと私は首を傾げる。彼女は靴の音を鳴らしながら私に近付いてきた。エースはまだ起きないのかと目だけを動かすけれど、全く起きる気配はなかった。


「エースなら起きないわよ」
「!?」
「あなた、話を聞いて全て思い出したんでしょう?」


 真っ直ぐ見据える彼女の目から逃げるように顔を俯かせる。
 彼女の言う通りだった。エースの話を聞いているうちに雨雲だった空が一気に晴れ渡るように、私は失っていた記憶を取り戻した。でも記憶を取り戻したからといってどうすることもできない。チョコボである私が人間の私に戻る術なんて知るわけがなかった。
 でも、何故彼女は私があの人間だとわかったのだろう。


「不思議に思うのも無理はないわ。私はヒトではないから」


 ヒトではない?意味がわからない。ヒトではないなら彼女は一体何者なのだろうか。
 そう思いながら顔をあげると、彼女は目を細めて私をじっと見つめていた。目が逸らせない。


「あなたは、ヒトに戻りたい?」
「!」


 思いがけない言葉に私は勢いよく首を縦に振る。早く人間に戻って、エースを安心させたい。私もエースが好きだって伝えたい。
 しかし、次に出た彼女の言葉に私は絶望した。


「残念ながらヒトに戻れる方法はないわ」
「ピ……」
「私も初めてのことだから気にはなるけれど。でも、そうね…可能性があるとしたら、あなたが死ねば戻れるかもしれないわね」
「…………」
「尤も、そのまま魂が還らずに完全なる死を迎えるのも有り得るわ。そうすればチョコボとしてエースと居られることもできなくなる…。それでもあなたはヒトに戻りたいかしら」


 まるで私を試しているような口振りに私は真っ直ぐ彼女を見つめる。そんな私を見てか、彼女は小さく息を吐いた。


「本当ならあなたが死んで、エースの記憶から消えてくれるのが一番良いのだけれど。あなたがチョコボとして生きていたとしても、あの身体が無くなればエースの記憶からあなたは消えるだろうし」


 このままチョコボとしてエースの傍にいても、身体が無くなればエースは私の記憶を失う。チョコボとして生きて、死ぬときがきたとしても魂が必ず還るとは限らない。
 どちらにしろ私に選択肢は残っていなかった。だからもう覚悟するしかない。たとえ死んで元の身体に戻れなかったとしても、このままチョコボとしてエースの傍にいるよりずっとマシだ。
 ピィ、と私なりに自分の意志を伝える。彼女は眼鏡をかけ直して、そして口を開いた。


「あなたの身体は直に腐敗を始めるわ。私の加護がなくなるから。精精4日、5日といったところかしら。それまでに死ねるといいわね」


 なんだかその言葉に引っ掛かりを覚えたけれど、私は素直に首を縦に振った。
 彼女がエースの部屋から出ていった後、起きる気配がなかったエースの声が部屋に響く。


「…ヒナ……」


 その名前に、私は見開いてエースに視線を移す。エースは眠ったまま少しだけ笑っているように見えた。それを見て、胸が苦しくなる。


「……ピィ」


 試しに返事をしてみたけれどやっぱりチョコボの鳴き声で、私はひとり項垂れた。

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