彼の追憶 3



 あれからチョコボ牧場に足を運ぶ回数は日に日に増えていった。
 彼女はマキナとも知り合いらしく、よく話しているのところも目撃した。マキナが言うには彼女は訓練生のときからずっとチョコボ牧場にいるらしい。
 魔導院に入るまでたまにチョコボ牧場に来ていたけれど、僕は彼女とは会ったことがなかった。すれ違いだったらしいことも後で聞いた。それでも彼女は僕のことを小耳に挟んでいたらしい。よくチョコボ牧場に来る小柄の少年がいると。小柄は余計だと思った。

 いつものようにチョコボ牧場に行くと彼女が嬉しそうに出迎えてくれる。彼女は僕より遅く来たことは一度もない。必ず彼女が先にチョコボ牧場にいた。


「エース君、おかえり!」
「?なんでおかえりなんだ?」
「さっきまでミッションだったんでしょ?」
「あぁ…よく知ってたな」
「まぁね!」


 得意気に笑う彼女に頬が緩む。彼女が雛チョコボと戯れる姿を見ているとヒショウがニヤニヤしながら近付いてきた。ナギのときと同様嫌な予感がする。


「最近、よくあの子と一緒にいるのを見掛けるんだが」
「それがなんだ?」
「二人は付き合ってるのか?」
「そんなわけないだろ」


 呆れて溜め息を吐く僕にヒショウは鼻で笑った。


「お似合いだと思うんだけどなぁ」
「こんな時に付き合うとか付き合わないとか考えられないな」
「エースはかったいなぁ。こういう時代だからこそ後悔のない人生を送らなきゃいけないと思うぞ、俺は」
「…そういうものなのか?」
「んー…そうだな、例えば彼女がこの世から消えたら、どう思う?」
「どう思うって…」


 彼女に目を移すと彼女は雛チョコボ二匹を追いかけていた。全速力ではなく、加減しているのだと端から見てもわかる。それでも雛チョコボは楽しそうに追い掛けられていた。
 彼女がこの世から消えるなんて想像もつかない。現に彼女は今ここに存在していて、雛チョコボを追い掛けているのだから。
 僕が返答に困っているとヒショウは苦笑する。


「当然のようにあの子はここにいるけど、いつ死んでもわからない世の中だ。伝えたいことがあったら今のうちに言っておけよ」
「…どうしてそんなことを僕に言うんだ?」
「……どうしてだろうな。俺はあの子にもエースにも幸せになってもらいたいんだ」


 お前にとっては余計なお節介かもしれないな、そう言い終わるとヒショウは彼女に近付いていく。彼女に話し掛けるヒショウを見送った僕は、その日から彼女に対する自分の気持ちと向き合うようになった。



 彼女と知り合ってどれくらい経っただろう。大きい作戦が行われる前日、いつものように僕は彼女とチョコボ牧場にいた。
 広場でチョコボが走り回る姿を見ていたら、不意に彼女の声が耳に入る。


「明日、大規模な作戦が始まるんだってね」
「…随分他人事だな。参加するんだろ?」
「うん。きっと沢山の人が亡くなるから、その人たちのためにも回収しに行かなくちゃ」


 彼女が言った回収しに行くというのはノーウィングタグのことだろう。危険を顧みず亡くなった人達のために彼女たち8組は戦場をかける。時には戦闘に入ることもあるらしく、8組の候補生も解放作戦のときより人数が徐々に減ってきていると彼女が言っていた。
 チョコボの鳴き声が牧場に響く。ふと彼女が僕の名前を呼んだ。彼女に振り向くと彼女は真っ直ぐ前を見据えながら口を開く。


「私、次生まれ変わったらチョコボになりたいなぁ」
「……いきなりなんだよ、それ」
「なんか、何となく、言いたかっただけ」


 そう言いながら苦笑する彼女が儚く見えて、気付けば僕は彼女の手を握っていた。彼女は目を丸くして僕を見つめる。


「そんなこと言うなよ」
「…………」
「チョコボが悲しむだろ」


 地面を見れば二羽の雛チョコボが心配そうに見上げていて、彼女が小さく笑う。そして僕の手をぎゅっと力を入れながら彼女は空を見上げた。


「エース君は?」
「ん?」
「私が死んだら、悲しむ?」
「…どうだろうな」


 考えたことない。そう言えば彼女は笑って「エース君らしいね」と呟いた。あの時、彼女が悲しそうに笑っていたのを僕は気付いていたのに気付かない振りをしていた。



 大規模な作戦の日、僕たちは敵を殲滅するため戦場を駆けずり回っていた。あちらこちらに通信が行き交い、僕たちもそれに対応する。ミッションは順調にいき、僕たちが飛行型魔導アーマーを撃退したときだった。


『緊急通達!』
『シュユ卿がそちらへ向かわれる!この通信を聞く全部隊は直ちに撤退!!戦線を離脱せよ!!』


 クラサメ隊長のその言葉に僕たちの間に緊張が走る。僕たちは急いでトゴレス要塞を出て行こうと駆け出したその時、不意に銃声が耳に入った。
 嫌な予感がした僕は皆が退散するルートから逸れて、銃声がした方向へと駆け出す。後ろで誰かが僕を呼んでいたけれど、構わず銃声のした方へ走った。
 トゴレス要塞から少し離れた林に、複数の皇国兵の死体と、一人の女子候補生が倒れているのが目に入る。その女子候補生のマントの色は黄色で、僕は血の気が引いた。慌てて駆け寄り彼女を抱きかかえる。


「!」


 彼女の顔を見て唇を噛む。胸に耳を当てると微かに心臓の音が聞こえて、急いで回復魔法を唱えた。彼女の体には複数撃たれた箇所がある。周りの皇国兵を相手に一人で戦ったんだろう。でも、どうして彼女がこんな目に遭ったのか疑問に思っていたら、カサリ、と草を踏む音が聞こえた。


「誰だ!」


 カードを構えて戦闘態勢に入る。音のした方へ視線を向ければ、そこにはチョコボの姿があった。何も装備していないということは野生のチョコボだろう。そのチョコボも少し怪我をしていることに気付いて、僕は彼女に視線を戻した。
 まさか、チョコボを助けようとして殺られたのか?
 そう問い掛けようとしても彼女は目を覚まさない。何とか傷を塞いだ頃にはその野生のチョコボはいなくなっていた。
 僕は彼女を背負って急いで林を抜ける。他の皆はトゴレス要塞から少し離れた場所で集まっているのが見えて、急いで皆のところへ走った。

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