彼の追憶 1



 硝子越しにいる彼女との記憶を思い出す。記憶があるということに安堵しながら、僕は口を開いた。



 ある日、いつものようにチョコボ牧場に来た僕はすぐに彼女の存在に気付いた。広場で走るチョコボを眺める彼女の後ろ姿は今でも鮮明に覚えている。
 彼女のマントの色は黄色だった。クイーンからクラスの色分けについて聞かされたことを思い出す。黄色のマントは確か、ノーウィングタグの回収を使命とするクラスだ。そんな彼女を横目に僕は僕で小屋にいるチョコボを眺めていた。
 彼女に話し掛ける気はなかった。モーグリは他の候補生と仲良くしろと言っていたけれど、何故か彼女には話し掛ける勇気はなかった。チョコボ牧場に来ているからにはチョコボが好きなのだろう。そんな僕もチョコボが好きだからここに足を運んでいた、はずだった。

 彼女のことをヒショウから聞いたことがある。彼女は極度の人見知りで、クラスにも馴染むことができず、そのためいつもチョコボ牧場に来ているらしい。どうしてヒショウが彼女について知っているのかと聞いたら、チョコボの飼育員だからだと威張られた。威張ることでもないのに少し苛ついたのは多分、チョコボを飼育できて羨ましいだろう、と言われたような気がしたからだ。決して彼女のことを知っているから羨ましいとかそういうわけではない。
 ヒショウから話を聞いても結局、僕から彼女に話し掛けることはなかった。話し掛ける勇気もないし、何を話したらいいかわからない。チョコボの話をすればいいのかと考えてはみたけれど実行に移すことはできなかった。

 そんな時、ある些細なことが切っ掛けで彼女と僕は接触することになる。



 町の奪還作戦の途中で僕はクイーンとナインとはぐれてしまった時だった。入り組んだ町の中を歩き回る僕の目の前に、突然彼女が飛び出してきたのだ。もちろんいきなりのことだったから避けることもできずお互いぶつかってしまう。


「わっ?!」


 僕はなんとか倒れることを避けられたが、ぶつかった彼女はその拍子に尻餅をついてしまった。いたた、と呟く彼女に慌てて大丈夫か、と声をかけた気がする。


「ごめんなさい、私の不注意で…」
「いや、僕の方こそごめ…」


 お互いの目と目が合う。彼女の瞳がチョコボみたいに黄色くて、思わず見惚れてしまった。彼女は目を見開くと次第に顔が赤みを帯びていく。我に返った僕は彼女に手を差し出すけれど、彼女はそれをすぐに掴むことはせず何故か僕の顔と手を交互に見つめた。


「その、本当に大丈夫か?」
「う、あ、は、はいっ、全然大丈夫です!」
「(そうは見えないけど)…ほら、掴まれ」
「えっ!?」


 彼女は声をあげてまた僕の手をじっと見つめる。なんですぐ掴まらないのかと怪訝に思っていると、自分達の近くから銃声と慌ただしい足音が耳に入った。
 僕は咄嗟に彼女の腕を取り建物の間に身を隠す。彼女を後ろに隠し自分を盾にして建物の間から通路を盗み見ていると、足を引き摺りながら走るチョコボとそれを追う数人の皇国兵が目に入った。


「チョコボまで殺す気か…!」
「!今の銃声ってもしかして…」


 彼女が僕の後ろから身を乗り出して通路を見渡す。彼女はチョコボを追う皇国兵の姿を見つけたのか、勢いよく駆け出した。


「あ、おい!」


 僕も慌てて彼女を追う。彼女を一人にするのは危ないし、チョコボのことも心配だったからだ。
 彼女の足は凄く速かった。全速力で走ってもなかなか彼女に追い付けない。漸く追い付いたときには、彼女は座り込むチョコボを庇うように立ち戦闘態勢に入っていた。


「嬢ちゃん一人で何ができるっていうんだ?あぁ?」
「あ…!」
「彼女は一人じゃない、僕もいる」
「!貴様は朱の魔人…!」


 僕に振り返る皇国兵に向かってカードを放つ。不意討ちを喰らった皇国兵はその場で崩れ落ちた。
 できるだけ彼女とチョコボから気を逸らしたい僕は次々と皇国兵に向けてカードを放つ。その甲斐あってか皇国兵は僕に向かって一斉に襲い掛かってきた。

 皇国兵を殲滅した僕は額から滲み出る汗を袖で拭う。不意にチョコボの足音が聞こえ振り返ったら、チョコボの嘴が僕の胸に飛び込んできた。


「クエッ」
「…お前、怪我は…」


 足元に目を移すと黄色いマントが足に巻かれていて薄ら血が滲んでいた。チョコボに寄り添う彼女に目を移せば、彼女は何故か申し訳なさそうな顔をしていた。


「あの、ごめんなさい」
「?何がだ?」
「その…援護も何もできなくて」


 項垂れる彼女を見て、さっきの戦いで自分が何もできなかったことを悔いていることに気付き、僕は首を横に振る。


「そんなこと気にしなくていい、戦うのは慣れてるから」
「……あと、ありがとう」
「え?」
「あなたが追ってきてくれなかったら多分私もチョコボも死んでたから」


 そう言いながら彼女はチョコボの体を撫でる。人として当然のことをしたまでなのに、面と言われると少しくすぐったい。ぐいぐい嘴を押してくるチョコボを撫でながらふと彼女に視線を移すと、ちょうど彼女と目が合ってしまった。慌てて視線を逸らす。
 気まずい空気が漂うなか、僕は意を決して口を開いた。


「あんたのな…」
「オーイ!エースどこだー!?」
「…………」
「今の、あなたのことだよね?」
「……あぁ」


 どうしてこうもタイミングが悪いんだろう。ナインもあんな大きな声で呼ぶなよ、敵が来たらどうするんだ。そう思いながら溜め息を吐く。そんな僕を見て彼女が小さく笑った。笑い事ではない、そんな目線を彼女に送れば、彼女は我に返ったのか手で口元を押さえ眉尻を下げた。


「ご、ごめんなさい、つい…」
「…別に謝らなくてもいいって」
「え、と…その、この子は私が責任もってチョコボ牧場に連れていくから」
「一人で、大丈夫か?」


 そう僕が言うと、彼女は大袈裟に首を縦に振る。彼女も一候補生であるからにはそれなりの実力もあるんだろうけど、怪我をしているチョコボを女一人でチョコボ牧場まで連れていけるのか、連れていく途中で敵に出くわさないか心配だった。そんな僕を他所にナインの声が徐々に近付いてくる。


「私なら大丈夫、裏道知ってるし、仲間も近くにいるから」
「そうか、それならいいけど…」
「うん!じゃあ、行こうか」


 彼女はチョコボの手綱を持ち歩き出す。その背中を見ていたら不意に彼女が振り返った。


「え、エース君!またチョコボ牧場でね!」
「!」


 返事をする前に彼女が裏道だろう建物の間に入っていく。また、ということは初めから彼女は僕のことを知っていた。話したこともない相手なのに。でもそれは僕も同じだった。


「あ、やっとエース見つけたぜ!お前急に居なくなんなよな、たく世話が焼ける…」
「ナインが最初に突っ走ったんでしょう!エースを責めるのはお門違いです」
「チッ、クイーンはうっせーなぁ、なぁエース…エース?」
「……エース、何かあったんですか?」
「別に、何もないよ」
「それにしちゃあ顔が赤…」
「ナイン、お前人の名前を大きな声で呼ぶなよ。敵が来たらどうするんだ」
「アァン?そんときゃー俺が全員ぶっ倒してやるまでだコラァ!」


 大きく槍を掲げるナインを見ながら、この作戦が終わったら彼女に会いに行こうと思った。



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