さ迷う魂



 チョコボたちとの追い掛けっこで疲れた私は、今エースの手の中でうつらうつらとしていた。エースの歩くリズムが心地よくて、今にも眠ってしまいそうだった。
 チョコボ牧場を後にしたエースは部屋に戻ることなく、私の知らない場所を歩いている。最初こそどこだろうときょろきょろさせていた私だったが、はしゃぎすぎたせいで眠気はすぐにやってきた。
 瞼が重い。でもここの場所が気になる。少しでもエースのことが知りたいのに、眠気には勝てそうになかった。
 不意にエースの足が止まる。重い瞼を必死にあげると、ガラスが見えた。その先に見えるのはエースと同じような服、でもガラス越しだからか顔はハッキリ見えない。それよりもエースの顔が気になった私は、重たい首をあげてエースを見上げた。
 エースは私を見ることはなく、じっとガラス越しの誰かを見つめていた。その姿に胸が締め付けられる。それでも眠気が取れることはなく、私は顔を俯かせた。


「エース」


 凛とした声が響く。聞いたことがない声に顔を上げようとしたが何故か上がらない。まるで金縛りにあったように、動くことができなかった。


「マザー…」
「その子がこの間拾ってきたっていうチョコボかしら?」
「あぁ、そうだよ」


 マザーと言うからにはエースの保護者、なのだろう。私のことを知っているのか。あぁでもエースの保護者なら、エースから伝わっていてもおかしくない。
 エースの返事から少しの間沈黙が流れる。目線を感じるのは多分、マザーと言う人に見られているから。突き刺さる視線を合わせることができない私は少し悔しかった。


「…そう。で、あなたはどうしてここに来たの?」


 マザーのその言葉にエースは答えない。エースが黙るなんて、と思いながらマザーの言葉に首を捻る。もちろん、身体は動かない。頭だけは催眠にかからないのか、正常だった。
 マザーの言い草は、エースがここに来てはいけないと言っているように聞こえた。ここに来ることを拒んでいるような、そんな気がした。
 何も答えないエースに、マザーは溜め息を吐く。


「エース、あなたのせいでこうなったわけじゃないのよ?」
「…………」
「彼女は運がなかっただけ。それだけよ」
「…マザー、僕にまだ記憶があるってことは生きてるんだよな?」
「……そうね」
「目を覚ます、可能性は?」
「限りなくゼロよ」
「マザーにはどうすることもできないのか…?」


 弱々しく言うエースを今すぐ元気付けたい。顔を上げて、羽をばたつかせてエースに向かって元気を出してって言いたい。この姿では鳴くことしかできないけれど。
 足を動かそうとしても、重りがついてるかのように動かせない。顔を上げようとしても、頭を何かで押さえつけられているようで、顔も上げられない。今の私に為す術はなかった。


「私にはどうすることもできないわ。私はただ、ほとんど仮死状態の彼女が気になるだけよ」
「仮死状態?」
「そう。…少し調べたのだけど今の彼女には魂がないの」
「魂がない?どういうことなんだ?」
「本来、魂がなくなると人は死ぬ。それはエースもよく知っているでしょう?」
「あぁ」


 仮死状態?魂がなくなると人は死ぬ?意味がわからない。
 そう思いつつもマザーの話に耳を傾ける。聞いてはいけないような気がしたけれど、私の関心は既に傾いていた。


「彼女は魂を無くしてる。つまり死んでいてもおかしくない。にも関わらず、エースや皆の記憶から彼女は消えていない」
「………」
「魂がないのに記憶が消えないなんて、おかしいでしょう?それで考えたわ。クリスタルは、エースや皆の中から彼女との記憶を消さないのではなく、消すことができない」
「?よくわからないな…」


 マザーから出てくる言葉にエースも意味がわからないらしい。かくいう私も、マザーの言っていることが何一つ理解できないでいた。しかし、そのひとつひとつの言葉に、妙な懐かしさを感じているのも確かだった。


「彼女が死なないのは、彼女の魂が消化されずこの世にさ迷っているからだと思うわ」
「魂がさ迷っているって、そんなこと有り得るのか?」
「…あくまで仮定の話をしただけよ。断言はできない」
「そうか…」
「エース、あまり気負わずあなたは普段通り過ごしてればいい。本当なら彼女のことは忘れたほうがいいのだけれど、クリスタルが記憶を消せないのならここに来ることはしないほうがいいわ」
「…………」


 そう言うなりマザーの足音らしき音が遠ざかっていく。不思議と体が軽くなった気がして、私は瞼を開けた。今度こそじっくり見ようとガラス越しの誰かを見ようとした刹那、エースが踵を返してしまう。結局、私はエースとマザーが話していた彼女を見ることはできなかった。

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