"ありがとう"と"ごめんなさい"
ケイトとサイスが来た後、次々と新しい人間が入ってきた。一気に騒々しくなっていく空間に身体を縮こませる。エースは気を遣ってくれているのか、机に座り自分の目の前に私を庇うように来させ、あまり人目に触れないようにさせてくれていた。
「はぁーマジねみぃ」
「どうかーん。僕一日中寝てたぁい」
壁となってくれているエースの身体から少しだけ顔を出す。欠伸をしている金髪の男の人が目に入った。そのとき金髪の男の人と目が合う。すぐに顔を引っ込めたが、気付かれたのか誰かが声をあげた。
「えっ、チョコボ?!」
「はぁ?お前何寝惚けたこと言ってんだコラァ。こんなところにチョコボがいるわけねぇだろオイ」
「チョコボいるわよー。ねっ、エース」
「…あぁ、いるよ」
エースが隠したのにケイトの口から呆気なく存在を暴露される。エースの肩が少しだけ落ちた気がした。私はさっきみたいに顔だけ出すと、目が合った男の人が私を見た瞬間キラキラと目を輝かせる。なんか嫌な予感がした私は、エースに身を寄せた。
「チョコボだぁ!」
「ピッ?!」
いきなり現れた金髪の男の人に体が跳ねる。その男の人は人懐っこそうな笑みを浮かべて、ずいっと顔を近付けてきた。間近で見るとキングと同じように髪をあげているが、キングとは正反対な顔立ちだった。それでも警戒を解くことはしない。
「かわいいねぇー」
「…ジャック、近いんだけど」
「あ、ごめんごめーん」
エースに言われるとジャックは少しだけエースから離れる。この人はジャック、と言うのか。ジャックはにこにこ笑いながら私を見ていた。そんな笑みを向けても、警戒は解かないんだからね。そう思いながらも気恥ずかしくなった私は毛繕いをする。
「このチョコボどうしたのー?」
「そういえばジャックはあの時いなかったな。この間の任務中に拾ったんだ」
「え?子チョコボを?親チョコボはどうしたの?」
「親チョコボは…」
そう言いかけて、エースは私に視線を落とす。別に私に構わずはっきり言ってくれてもいいのに、そこまで気を遣うエースに申し訳なくなった。
ジャックは小首を傾げるなか聞き覚えのある声が耳に入る。
「エースが親のいる子チョコボを拾うと思うか?」
「…あぁ、そういうことねぇ」
ジャックの隣にエイトが現れる。エイトの言葉に少しだけホッとした。はっきり言ってくれてもよかったのに、と思ったけれど、もし本当にはっきり言われていたら凹んでいるだろう。エイトが代弁してくれたからか、エースもホッと息を吐いた。
私はエースからエイトの前に移動して、私なりの"ありがとう"の意をこめて頭を下げる。
「えっ、エイトにはなついてるのー?」
「今朝会ったからな」
「いいなぁ、僕もなつかれたーい」
「…だってさ」
エースが苦笑いを浮かべながら私を見る。私はエイトに頭を下げたあと、ジャックを見上げた。目が合うとジャックはにっこり笑ってくれたが、なんだか少し胡散臭く感じたので私はそっぽを向く。そんな私に、エイトとエースは顔を見合わせた。
「ジャックはあんまり信用できないってさ」
「えぇ?!なんで!?」
「さぁ…なんでだろうな」
二人とも、ジャックの笑顔が胡散臭いことに気付いていないのか首を傾げている。私はエイトから離れてエースの元へ向かおうとしたら、辺りが少し暗くなった。なんで暗くなったのか不思議に思いながら、キョロキョロと顔を動かすと、真上から三人とは違う声が耳に入る。
慌てて顔をあげると、そこには顔に傷を負った金髪の男の人が眉を寄せて私を睨んでいた。
「ビッ」
「アァン?んだこのチョコボ」
「あはは、ナインの気迫に固まってる!」
「ハァ?なんだ俺がこえーのかコラァ」
緊張で固まる私に、ナインと呼ばれた人がジャックと同じように顔を近付けてくる。間近に迫る怖い顔をした人間に、私は思わず嘴で攻撃した。その攻撃は見事鼻に当たったようで、ナインは鼻を押さえて後ろに反り返る。
「いってぇ!」
「だ、大丈夫かナイン…」
「あはは、ナインてばチョコボに攻撃されてるー」
「ナインごめん、大丈夫か?」
攻撃したあと慌ててエースの元に走った。エースはちらりと私に視線を向けたあとナインに謝る。エースが謝ることないのに、と思っているとナインの怒号が部屋に響いた。
「こっのやろおぉ!やりやがったなコラァ!」
「ナイン、落ち着け!相手は子チョコボだ!」
「エイト離せコラ!先に手ぇ出したのはこいつだろが!」
「ナインが最初に喧嘩売ったんじゃーん」
けらけら笑うジャックに、エイトはナインを取り押さえ、宥める。そんなナインにびくびくと震え上がっていると、エースが私の身体を撫でながらナインに声をかけた。
「ナイン、本当にごめん。こいつ人見知り激しいんだ」
「へぇ、チョコボなのに人見知りするなんて珍しいねぇー」
「だからって攻撃してこなくてもいいだろオイ」
「ナインが怖い顔でチョコボを見るからですよ。チョコボから威嚇されてると思われても仕方ありません。ナインだって、怖い顔をした敵が目の前に現れても、攻撃しないと言いきれますか?」
「うっ…」
「このチョコボにとって私たちは敵に等しいのです。ナイン、私の言っている意味わかりますよね?」
「わ、わぁったよ、俺が悪いんだろ俺が」
「チョコボにちゃんと謝りなよぉ?」
「チッ、なんでお前んときは攻撃しなかったんだよ」
「そりゃあ、僕はナインみたいに怖くないからねぇー」
トレイが腕を組み呆れながらナインを宥める。ナインは顔を歪めて、苛立ちを隠さしきれず頭をかきながら舌打ちをした。ジャックはジャックでナインをおちょくる発言をする。
エースに撫でられて少しずつ落ち着きを取り戻した私は、ちらりとナインを見上げた。するとちょうどナインと目が合ってしまい、また身体が固まる。ナインが眉を寄せながら口を開いた。
「あー…驚かせて悪かったな」
「ていうか、チョコボにナインの言ってることわかるのー?」
「あぁ、わかるよ。な?」
エースが私に目を移す。反省するべきはナインだけじゃないのに、そう思った私は自らナインの前に移動した。目を丸くするナインに、私はエイトのときみたいに頭を下げる。これは私なりの"ごめんなさい"だ。
「な、なんだよこいつ。いきなり頭下げてきたぞオイ…」
「"ごめんなさい"って言ってるんじゃないか?」
「すごーい。そういえばエイトのときも頭下げてたねぇ」
「ナイン、こいつも反省しているようだし、許してやってくれないか?」
エースがそう言うと、ナインは狼狽えながら「おう」と言ってくれた。よかったとホッとしていると、トレイが思い出したかのように「そういえばナイン!トンベリについて勉強したいそうですね!」と嬉しそうに言い出した。首を傾げるナインに、トレイがどこから取り出したのか何かの本をナインに渡す。
ナインはトレイの言いたいことを察知したのか、急いで私たちから離れていった。そんな二人を見送ったあと、ジャックとエイトが私に視線を向ける。
「許してもらえてよかったな」
「キミ、頭いいんだねぇ。人の言葉がわかるチョコボなんて初めてだよー」
二人にそう言われ、なんとなく気恥ずかしくなる私に、エースが追い打ちをかけるかのように「よくできました」と褒められてしまうのだった。