∴ だからさ、ごめんね?



今日の日付は10月31日。
今日は世間で言うハロウィンの日だ。
ハロウィンだからといって魔導院は通常授業でいつも通り。ただ変わったのはリフレッシュルームがハロウィン仕様に模様替えしたこと。あとは授業が終わったあと、生徒だけでハロウィンパーティーをするというチラシが配られたことだろうか。
私は何かのコスプレをするというのは恥ずかしいので、参加するにしてもエントランスの端でお菓子を食べながら皆のコスプレを鑑賞するだけだろう。そのことをジャックに言ったら明らかに不服そうな顔をして不満を洩らしていた。



「はぁー、なまえのかわいいかわいい魔女の姿見たかったのになぁー」
「えぇ…」
「あ、でもでも小悪魔もいいよねぇー、すっごいミニスカで露出激しいやつ」
「なっ…へ、変態!」



そう言うとジャックは照れ笑いを浮かべる。そこ照れるとこじゃないから!そう突っ込んでもジャックは聞く耳を持たず、コスプレしてよーとおねだりしてきた。
私は思いっきり首を横に振り、そしてジャックから逃げるようにケイトのところへと走った。



「ジャックもしつこいわねー」
「ケイトからもなんか言ってやってよ…」
「無理無理。あいつが素直に聞くわけないし」
「…ちなみにケイトはなんかコスプレするの?」
「アタシ?そうねー…やるとしたら魔女かな!」
「あー、似合いそう…」
「そう?なまえもやればいいじゃん。ジャックの要望通り小悪魔のコスプレ」
「無理、絶対無理」
「…ま、本当に小悪魔のコスプレなんかしたらあいつ暴走しそうだし、やめておいたほうが無難ね」



ジャックのほうを見るケイトに、つられて私もジャックのほうへ視線を移す。ジャックはトレイとキングと話していたが、私の視線に気付くと飛びっきりの笑顔で両手をブンブン振っていた。私も苦笑しながらジャックに片手を振る。
そういえばジャックはどんな仮装をするんだろう。聞くの忘れてた。今から聞きに行くのもなんか気が引けるし、まぁきっと今日の夜になったらわかるだろう。そんなことを思いながら、チャイムの音を耳に自分の席へと座った。



時間はあっという間に経ち、授業が終わると荷物を置きに部屋へ戻る。パーティーの時間まで少し時間があった。コスプレをするケイトは今は着替えているところだろう。
授業が終わったあと、私はナギ先輩に声をかけられ、パーティーのお手伝いを頼まれた。自分は仮装するわけでもないし、パーティーの時間まで暇だし、ナギ先輩の頼みだしと私はその頼みを二つ返事で返すとじゃあ後で部屋に迎えに行くから待ってろ、と言われ、言われた通り大人しく部屋で待っているとノックの音が聞こえた。



「はい」
「あ、なまえ?遅くなって悪いな」
「いえ……あ」



ナギ先輩の声を聞き、部屋の扉を開けると目の前にいるナギ先輩の姿に呆然となる。
ナギ先輩は黒い服で全身を纏い、黒いシルクハットを被り顔は蒼白く尖った犬歯が目についた。それを見て、一瞬であのキャラクターの名前を口にする。



「ドラキュラ、ですか?」
「大正解!どう?似合う?」
「…似合いすぎです」



苦笑しながらそう言うとナギ先輩はやっぱり?と言ってニヤリと笑った。その顔も様になっている。ナギ先輩はじゃあ行こうか、と言って歩き出したので私は慌てて部屋に鍵をかけてナギ先輩を追いかけた。



「マスターが用意した食事をエントランスに運んでくれる?」
「エントランスにはもう机とかって」
「大丈夫、準備してあるから」
「わかりました」
「わかんないことあったらリフレッシュルームにカルラがいるから。そんじゃ、俺まだやることあるからまたな」



頭を優しくポンポンと叩きナギ先輩と別れる。大変だなぁ、と思いながらリフレッシュルームに移動すると豪華な食事がずらりと置いてあった。私の他にも、お手伝いを頼まれただろう生徒が忙しなく食事を運んでいる。私もやるか、と腕の袖を捲りリフレッシュルームに置いてあるお皿を持ち上げてエントランスへと運び始めた。





「はぁー…」



ようやくすべての食事を運び終えた私は、マスターからもらったココアを手にエントランスの端にある椅子に座って休憩していた。
エントランスにはもう既にパーティーが始まろうとしていて、ナギ先輩みたいなドラキュラの格好をした人や、ミイラの格好をした人、全身に目と口をくりぬいた白い布を被ってる人もいた。女の子はケイトみたいにかわいい小悪魔な格好をした人や、女の子なのに悪魔みたいな格好にさらに怖いメイクを施している人もいた。皆のハイレベルな仮装に、見ているこっちは退屈になることはなかった。



(あ、あれケイトかな)



ふとケイトらしき人を見つけ、じっと見つめる。可愛らしい魔女を想像していたが、ケイトの格好はまさに正装のような姿だった。ある意味似合っている。
ケイトを見て、そういえばジャックはどこにいるんだろう、と目をキョロキョロさせてジャックを探す。ジャックを探している途中に、女の子に囲まれている男の子を見つけた。



(…あれってもしや)



目を細めて男の子二人を見つめると、その二人は私のよく知った顔の人物だった。
トレイはゾンビのような格好をしているくせに何故か薔薇を口に加えている。キングなんかは派手な衣装をして手には杖のような物を持っていた。トレイの格好はなんとなくわかったが、キングはなんの格好をしているのだろう。



「なまえ見っけ!」
「!おわっ」



後ろからいきなり抱き着かれ、ココアの入っているマグカップが揺れる。だいぶ飲んでいたお陰で溢れることはなく、ホッと安堵の息を吐きマグカップを置いて後ろを振り向いた。



「もう、いきなり抱き着かな…」
「へへー、どう?僕の仮装!」



後ろを振り向くと全身はふさふさした茶色の毛皮を着て、犬の耳をつけたジャックが立っていた。ちゃんと犬らしく頬にひげのようなものとお尻に尻尾までつけている。



「……いぬ?」
「んなっ!違うよー!これは狼!犬なんかじゃなーい!」



いや狼と言われても犬にしか見えない。狼も犬も一緒でしょ、と言ったら一緒じゃないもん、と頬を膨らませながらジャックは言った。ジャックが狼って、あんまり迫力がない。



「なまえなんにも仮装してないのかぁ…」
「パーティーの準備してたからね。あ、ねぇジャック。キングってなんの格好してるの?」
「キング?」



キングのほうに指をさしてそう言えばジャックも指をさしたほうに視線を移し、あぁ、と声をあげて私に振り返った。



「僕もよくわかんなかったんだけど、キングに聞いたら魔神だって言ってたよ」
「魔神?」
「普通思い付かないよねー、魔神なんて」



ていうか魔神てあんな格好してるのかなぁ、と首を傾げるジャックに私も同調する。キングの考えることはよくわからない。ボーッとトレイとキングのほうを見つめていると、ジャックが何か思い付いたかのように声をあげた。



「あ」
「ん?」
「なまえ、ハロウィンて言えばあれだよねー!」
「あ、あれ?
「えーっと、と、と…?」
「トリック・オア・トリートのこと?」
「そう!それ!トリック・オア・トリート!」



両手を差し出して笑顔で言うジャックに、私はヤバい、と身の危険を察した。お菓子をくれないと悪戯される。悪戯といったら何をされるかわかったものじゃない。相手が彼氏なら尚更。
私は制服のポケットに手を突っ込み、何かないか探す。するとポケットの中に、小さい何かが手に当たった。それを取り出すとさっきマスターからもらったあめ玉だった。よかった、これで免れる。



「はい」
「えっ」
「持ってないと思った?」
「うっ…」



どうやらジャックは私はお菓子を持っていないと思ったらしい。
ジャックはそのあめ玉を受け取らず何故か難しそうな顔をしてあめ玉を見つめる。何をする気だろう。



「…ジャック?」
「……なまえ、その飴食べないの?」
「え、だって今からジャックにあげるじゃん」
「僕はいいからさ、その飴食べてよ」
「これあげなきゃ悪戯するでしょ」
「しないよー!大丈夫!」



ニコニコした顔で言うジャックに私は眉を潜める。ジャックがそんなことを言うなんておかしい。何かを企んでいるに違いない。そう感じた私は、じゃあ後で食べるから、と言ってポケットに仕舞おうとしたら、ジャックは慌てたようにその飴を手にとった。



「今!今食べて!」
「今は食べる気しないからいいよ」
「むぅ…それなら!」
「ちょ、何してっ!?」



飴の袋を破ったジャックはその飴を私の口の中に無理矢理入れてきた。甘い苺の味が口の中に広がる。無理矢理入れてくるなんて何をする気だ、とジャックを見上げたらニヤリと怪しい笑みを浮かべていた。思わず後退る。



「じゃ、ジャック…何するつもり…?」
「なんだと思う?」
「あの、ちょっと…」



少しずつ近付いてくるジャックに、とうとう壁まで追い詰められてしまった。ここがエントランスの端だということを忘れてた。



「では、その飴ちゃんを頂こうと思います」
「頂くって…まさか」



私が逃げられないように足の間に片足を入れ、私の顔の隣に両手を壁につける。至近距離でしかも人がたくさんいるからか、全身が熱くなってきた。



「いただきまーす」
「!っん」



低く囁いたその言葉の後、私の唇を食べるかのようにジャックはキスをしてきた。私の口を開けさせようと角度を変えながらジャックの舌が唇を舐める。本当に犬みたいだ、と思いながら必死に口を開けないように固く閉じるが、それでも唇を舐めてくるジャックに少しだけ隙間ができてしまいそこを逃さないと言わんばかりにジャックは躊躇うことなく舌を入れてきた。
舌を入れられた私は目をぎゅっと瞑り、羞恥心でいっぱいになる。ジャックは私の舌を絡めたあと、口内にある苺の飴玉を器用に自分のところへと誘導し、そしてリップ音と共に顔を離した。思わずハァ、と息が漏れる。



「ごちそうさまー」
「!ジャ、ック!あのねぇ」
「じゃ、続きは僕の部屋でも」
「は?ちょ、ぎゃあ!」



色気のない私の声にジャックは苦笑しながら、お姫様抱っこをする。部屋ってことはまさか、とジャックを凝視するとジャックはニッコリ笑い口を開いた。



「なまえがかわいすぎるからさぁ…ごめんね」
「あや、まるくらいならするな!」
「わかった!じゃあ、謝らないからね」
「!?いや、そういう問題じゃ」



お姫様抱っこをしながらエントランスを歩くジャックに、私は周りの目から逃れるように顔を伏せた。


結局、コスプレしてもしなくても喰われることには変わりなかったのね。と翌朝ケイトに言われたのは言うまでもない。

(2012/10/31)
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