∴ かけがえのない君へ

※社会人設定



魔導院を卒業すると皆それぞれの道を歩んでいった。私も魔導院の下町で普通の事務員として働いている。
魔導院時代から付き合っていたジャックとは今も続いていて、魔導院時代からやっていたバンドが事務所からスカウトされたらしく今では有名なロックバンドとしてテレビでよく目にするようになった。すごいなぁ、と尊敬するしテレビで演奏してる姿を見ると普段よりかっこよく映って見えて自然と顔がにやけて、改めてかっこいいなぁと思いながら画面に穴が空くんじゃないかと思うくらいテレビに釘付けになる。けどその反面、寂しいと思うときだってあった。
ジャックと会えるのは週一か忙しいと1ヶ月に一度しか会えないけど、会う時間を作ってくれるだけで嬉しかった。もう学生じゃないし、仕事を優先しなければならないことくらい私だってわかってる。だから突然会えなくなったと言われても、仕事なら仕方ないと割り切れた。

そんな中、今日は前から約束していたケイトと居酒屋に来ていた。



「全くさー、あいつも早くなまえにプロポーズすればいいのにー」
「…え、ちょ、な、何言ってんの、ケイトってば」



ケイトは焼き鳥を頬張りながらそう呟く。プロポーズって、なんでそんな話になってるの。そう私が言うとケイトは私をジト目で見て、そしてハァ、と溜め息をついた。
なんだ、その溜め息は。



「なまえもそう思わないわけ?」
「ぷ、プロポーズって…いや、まだそんな早いんじゃない…?」
「早いとか関係ないって。ジャックだってもう有名人なんだから、そんなことばっか言ってると他の女に取られちゃうわよ」
「うっ…」



確かに、ケイトの言う通りだ。ジャックは魔導院時代でもモテていた。魔導院時代と違って今はテレビにも出てるし、あの頃よりももっと人気者になっているだろう。
ケイトにはっきり言われ、何も言い返せなくなる。そんな私を見ながらケイトはおじさんに焼き鳥の追加を注文していた。



「まーでもあいつもわかってると思うけど」
「え?」
「何でもない。そういえば会社の人から告白されたんだって?」
「…なんで知ってるの」
「ふふん、アタシに知らないことなんてないのよ」
「(絶対ナギ先輩だ…)」



得意気に言うケイトだったが大方ナギ先輩にでも聞いたのだろう。やっぱりナギ先輩に相談するんじゃなかった。
職場が近いからかナギ先輩とはよく通勤の途中で会うことが多かった。通勤途中によく相談に乗ってもらっていたが、もうこれからは控えよう。
私はオレンジジュースを飲みながら、ナギ先輩め、と呟く。



「ナギ?ナギってあの自称アイドルとか言ってた?」
「?そうだけど…ナギ先輩から聞いたんじゃないの?」
「違う違う、アタシはあいつから……オホン、まぁとにかく、ナギから教えてもらったわけじゃないからね」
「…じゃあ誰から教えてもらったの?私、ナギ先輩にしか話してないんだけど」
「え、マジで?ジャックには話してないの?」
「ん、余計な心配かけさせたくないし」



それを言うとケイトはあちゃー、と言い片手で額を押さえた。
なんだろう、その反応。そんなにジャックに話さなかったことがいけなかったのだろうか。でも元々断るつもりだったし、まぁ少ししつこくされたけどとりあえず今は実害もないのでジャックには言っていない。相手にはちゃんと自分はジャックと付き合ってると言ったんだけれど全く信じてくれないので、どうしたら信じてくれるかナギ先輩に相談していただけだ。
そう言うとケイトはふんふん、と頷き最後はなるほどね、と納得してくれた。



「聞いた話と少し違うけど、まぁ大丈夫っしょ」
「何が大丈夫なのさ」
「もうすぐ解決するってこと」
「はぁ?どういう…」



そう続けようとしたら机の上に置いてあった携帯が光り、そして震えた。そういえばバイブにしてあったっけと思いながら携帯を手に取ると、携帯の画面にはあの人の文字が映し出されていた。



「…えっ、ジャック?!」
「噂をすればなんとやら。じゃ、今日はこれで解散しよっか!」
「え、え?まさか、ケイト知ってたんじゃ…」
「ほらほら、愛しのダーリンが待ってるんだから行った行った!」
「ちょっ、お会計は」
「今日はアタシの奢り!次回はなまえが奢ってよね」



パチン、と器用にウィンクしながらそう言うケイトに私は震え続ける携帯を握りしめ、ありがとうとお礼を言い居酒屋を出た。



「…で。あんたたち盗み聞きなんて良い度胸じゃない」
「…おや、バレていたんですか」
「なまえにはわからなかったようだけど、アタシは誤魔化されないわよ。何年一緒にいたと思ってんの」
「ふっ、相変わらずだな」



そう言うとトレイはかけていたサングラスを外し、キングは被っていたニット帽を取る。ぺちゃんこの髪の毛をかきあげるキングに、ケイトはキングもトレイも相変わらずね、と呆れたように呟いた。



「あぁ、勘違いしないでくださいね。私たちは盗み聞きではなくてたまたま聞こえてきただけですから」
「…本当に?」
「偶然だよ、偶然」



ニヤニヤするキングとトレイにケイトはまた溜め息をつくのだった。





ケイトと別れ、恐る恐る携帯を見る。未だジャックからの電話で携帯が震えていて、少し緊張しながらも通話ボタンを押して耳に当てた。



「も、もしもし…」
『あ、こ、こんばんはー』
「…ふふ、こんばんは」



久しぶりに聞くジャックの声に安心する。どうしたの、と聞くとジャックはあーとかうーとか会話にならない声を発していた。何かあったんだろうか。



「本当にどうしたの、ジャック」
『えーと…も、問題!僕は今どこにいると思うー?』
「え」



いきなり問題を出され眉を潜める。
ジャックが今どこにいるかなんて私がわかるはずがない。かすかに聞こえる人混みの声に、外にいる?と聞くと外にいるよー、と返ってきた。でもそれ以上はどうやってもわからないから、私は肩をすくめてわかんないよ、と呟いた。



『もう降参?』
「うん、参りました。で、どこにいるの?」
『答えはー…ここでした!』
「うわっ!?」



ジャックがそう言うと同時に背中に軽い衝撃とギュウッと強く抱き締められた。



「正解はなまえの後ろでしたー」
「……え」



びっくりして何も言えない私に、ジャックは笑みを浮かべて私の顔を覗き込む。私の目にはジャックの顔がはっきり見えていて、本当にジャックだ、と思わず呟いてしまった。それを聞いたジャックはきょとんとした顔をする。



「ジャックですよー?」
「…なんでここにいるの?」
「ん?僕はいつもなまえの近くにいるよー!」
「そ、そう」



それは少し気味が悪いような気がするが、敢えて触れないでおくことにする。ジャックは私から離れて、手をギュッと握りへへへ、と笑った。久しぶりに見るジャックの笑顔に頬が緩む。



「びっくりした?」
「うん、すごいびっくりした。今日連絡なかったからまさか会えるなんて思わなかったもん」
「へへー、なまえをびっくりさせる作戦大成功!」



ジャックは満足気に笑うと、私の手を引いて歩き出した。どこに行くの、と問うが内緒だと言われてしまい私は首を傾げながらジャックの後を大人しく着いていく。
ジャックと歩きながら町並みを見ていたら、あることに気付いた。今歩いている道は見たことのある風景だった。この道懐かしいね、とジャックに話し掛ければそうだねぇ、と返ってくる。この道はあの道に続く道で、今でもよく覚えてる。



「…ねぇ、魔導院に何か用なの?」
「ありゃ、わかっちゃった?」
「そりゃわかるよ。この道いつも通ってたじゃん」
「魔導院に用はないよー。ただせっかくこっち戻ってきたんだし、久しぶりに魔導院にでも行こうと思って。なまえと一緒に」



ジャックを見上げると、ジャックは私を見て微笑んでいた。前に会ったときよりも少し大人びた雰囲気に、私は胸がギュウと締め付けられる。
こんなにかっこよかったっけ、と思いながら赤くなる顔をジャックに見せないように顔を俯かせた。



「なになに?どしたの?」
「な、なんでもない…」
「そう?あ、もうすぐ着くよー!」



魔導院の正門に着くと、二人して魔導院を見上げた。懐かしいね、うん、懐かしいなぁ、なんて言いながら魔導院を見上げる。



「なーんだ、門閉まってるのかぁ」
「仕方ないよ、もう夜だし」
「…入っちゃう?」
「捕まりたいならジャックだけどうぞ」



そう言うとジャックは苦笑しながら、もう捕まりたくないなぁ、と呟いた。その言い種からして魔導院に侵入して捕まったことがあるのだろう。捕まったことあるんだね、と肩を落として言えばキングとトレイに連れられてさぁ、とジャックは眉を八の字にさせて言った。



「………」
「………」



何故かお互い無言になる。喋ることがないわけではない。私は久しぶりに見る魔導院に色んな思い出が蘇ってきて、その思い出に浸っているだけだ。



「…ね、なまえ」
「んー?」
「僕らの始まりってここからだよねー」
「…ん、そうだねー」
「それでさ、なんていうか…その、僕の一生のお願い、聞いてくれる?」
「一生のお願い?」



一生のお願いって何だろう、そう思いながらジャックに振り返るとジャックは真剣な表情をして私を真っ直ぐ見つめていた。その表情に私はドキッと胸が高鳴る。



「え、と。その、さ」
「…ん」
「僕、僕と…」
「はい…」
「………」
「………」



ジャックの顔が徐々に赤くなっていくのがわかる。それを見ながら私まで顔に熱が集まるのを感じた。
ジャックは私の手を痛いくらいに握り締める。緊張しているのが私にも伝わってきた。



「…ちょ、ちょっと深呼吸していい…?」
「…う、うん」



口を開いたと思ったらそれは拍子抜ける言葉だった。
そう言うとジャックは大きく息を吸っては吐いて、吸っては吐いてを繰り返し、そして最後の仕上げと言わんばかりにはぁーと大きく息を吐く。そんなジャックの顔を覗き込むように見つめていると、意を決したのかジャックは顔をあげて私の両手をギュッと握り締め口を開いた。



「ぼっ、僕と結婚してください!」
「!」



なんとなく予想はできていたけど、いざ面と向かって言われるとどうしたらいいかわからなくなる。でもジャックの一生のお願いを断るわけにはいかないし、そもそもまず断る理由がない。
顔を真っ赤にさせて見つめるジャックに、私もそれに答えようと口を開かせた。



「わ、私でよかったら、お願いしまっ」
「よかったあぁぁ!!」



言い終わる前に思いっきりジャックに抱き締められてしまった。強く抱き締められ私はジャックの匂いでいっぱいになる。ジャックのこの喜びように私も嬉しくなり思わず腕を回して私もジャックを思いっきり抱き締めた。



「なまえ、幸せにするからねぇ」
「うん、私もジャックを幸せにする」
「へへ、僕はなまえがいれば幸せだよー」
「…私もジャックがいれば幸せだよ」



そう言えばジャックは少しだけ身体を離し、私のおでこに自分のおでこをくっ付ける。至近距離で見るジャックは本当に幸せそうに笑っていて、私も幸せで胸がいっぱいになるのだった。


ナギ先輩がジャックに密かに私のことを話していたとわかるのはもう少し先のこと。

(2012/10/27)
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