∴ 泣き虫、もう笑った



「うわ、懐かしい」
「?アルバム?」
「そうそう、これ幼稚園のときの。あー、そういえばあの子誰だったんだろう」
「…あの子?」
「なんかジャックに似てるんだけどね。その男の子のお陰で幼稚園楽しかったんだー」
「何があったのー?僕にも教えて!」
「えっ…わ、笑わない?」
「笑わない笑わない!絶対笑わないから!」
「うー…でもなぁ…」
「お願い、なまえー…」
「わ、わかったから、ちょっと変なとこ触んないで!……絶対絶対ぜーったい笑わないでよね」
「了解しました!」



泣き虫だった、私の話。


幼稚園の頃、慣れない土地に来て、人見知りで友達も作れなかった私はいつも園でひとりぼっちだった。たまに声をかけてくれる子はいたけど、なかなか打ち解けられなくて結局またひとりぼっちだったんだ。
いつものように外で遊んでるとき、ふと泣きたくなった私は先生たちの見えない木の陰に隠れて、一人で泣いてた。そしたらね、ある一人の男の子が私に気付いて、不思議そうにしながらも声をかけてきてくれたんだ。



「なにしてるの?」
「!なっ、なん、にも」
「かくれんぼ?」
「………」



話すと泣いてるのバレるかも、て思った私は首を横に振って、とりあえずバレないように顔を俯かせてた。きっとすぐどこかに行ってくれるだろうって思ったから。でもその男の子はどこにも行かずむしろ傍に近付いてきて顔を覗き込んできたんだ。



「ずっとないてたの?」
「なっいて、ない」



そこからはずっと質問攻め。お腹痛いの?とか頭痛いの?とか誰かに意地悪されたの?とか。私は全部首を横に振って否定し続けた。男の子は質問する内容がなくなったのか、うーん、と唸って、そして私の手を握ったんだ。



「ぼくとあそぼ!」
「え…」
「だから、わらって!」



その男の子の笑顔がすごい輝いて見えた。さっきまで泣いてたのに、涙なんか引っ込んじゃったんだよね。その男の子に手を引かれた先には先生たちが手を焼いてる子達ばっかりでね、私も小さいながら先生たちが手を焼いてるのわかってたから近付かないようにしてたんだけど、本当は皆優しくて面白くて。特にその男の子は場を盛り上げてくれたっけ。ずっと手を握ってくれて、安心したなぁ。

次の日も、その次の日も。男の子は私を見つけたらすぐに手を握って、遊ぼうって言ってくれた。私も少しずつ、その男の子や他の子とも打ち解けられたんだ。

でもせっかく仲良くなれたのに、私のお父さんが転勤で引っ越すことになっちゃって。嫌だって訴えることもできずに私は転勤の話に黙って聞いてることしかできなかった。
転勤が決まってから幼稚園に行くたびに泣きそうになって、その男の子が来る前に皆から隠れて泣いてた。



「みーつけた!」
「!」



隠れる場所っていってもすぐバレちゃったけどね。男の子は真っ赤になってるであろう私の目を見て、首を傾げた。



「なにかあった?」
「…てん、きんでひっこすの」
「おひっこし?いなくなるの?」
「うん…」



そう言うとまた泣きたくなって、ぼろぼろ涙が零れ落ちた。袖で拭っても涙が止まることはなくて、とうとう大声で泣き出しちゃったんだ。今思うと恥ずかしいよね。
その男の子はオロオロしながらも、私を落ち着かせるように背中をさすってくれて、手も握ってくれて。少しずつ落ち着いてきた私に見て見てって言って、なんでか変な顔をし出したんだ。
最初は何してるんだろうって思った私だったけど、代わる代わる変な顔に、思わず吹き出して笑っちゃったんだ。



「へんなかお」
「へへへ、やっとわらった」
「だってへんなかおだったもん」
「やっぱりわらったかおがいちばんだね!」
「?」
「なまえがわらうとぼくもたのしいし、なまえがかなしそうだとぼくもかなしい。だからわらって!」
「…わたし、なきむしだもん」
「そんなむし、ぼくがおっぱらってあげる!いたいいたいのー、とんでけー!」
「それなんかちがうきがする」



そう言って転勤の日までずっといたいいたいのとんでけー!ってやってくれたんだ。それがなんでか面白くて、あの日以来、転勤の日まで泣くことなく笑って過ごせた。
転勤の日も男の子は笑いながらいたいいたいのとんでけー!って言うから、泣きそうだったけど、笑ってその男の子とバイバイした。
次の幼稚園ではその男の子のお陰なのか泣くこともなくなって、元気に過ごすようになった。お母さんもびっくりしてたよ。あの男の子のお陰だね、て言ってたし。





「変な話だったでしょ」
「いやいやかわいい話だったよー。ねね、その男の子の名前とか覚えてないの?」
「名前ねー思い出そうとしても引っ越しが多かったから覚えてないんだよね…」
「そうなんだぁ…その男の子、もしかしたら僕…かも」
「え」
「なまえが話した内容に僕の幼少期の記憶が一致するんだよねぇ」
「………」
「………」
「ま、まさかぁ…」
「…まさかあの泣き虫の女の子が、なまえだったなんて」
「いやいや違うってきっと違う!」
「いつも前髪縛ってたよねぇ?」
「!ま、前髪縛ってる子なんて、たくさんいるし」
「でも木の陰で泣いてた子って僕の記憶じゃ一人しか思い付かないんだよねぇ」
「………」
「世間って狭いねぇ、なまえ」

(2012/10/18)
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