∴ かわいくて、かなしくて



魔導院も夏休みに入り、せっかくの夏を満喫しようと今日はケイトと海に来ていた。抜群のプロポーションのケイトに若干凹んだが、そんなことよりも海を満喫しようと思ったなまえは浮き輪をギュッと抱き締める。



「晴れてよかったー!ね、なまえ!」
「うん!」



飛びっきりの笑顔で言うケイトになまえは自然と頬が緩んだ。するとケイトが突然、競争だ!と叫び一目散に海へと走っていく。なまえは慌ててケイトの後を追った。


海に飛び込んだケイトに続きなまえも浮き輪を装着して海へ足をつける。外の気温と海の気温に差があるからか足をつけた瞬間、ブルッと身震いした。



「うー、冷たーい…」
「早く来なさいよー!」
「だって冷たいよー」
「そんなの一気に入っちゃえばすぐに慣れるって!ほらっ!」
「うわ!」



海の中へ入ろうと一歩ずつ進むが冷たくて思うように進めない。そんな中ケイトは海の冷たさにも負けず、もう頭まで浸かったのか髪の毛が濡れていた。なかなか入ってこないなまえに痺れをきらしたのか、ケイトはなまえの腕を掴んで海の中へと飛び込む。
海に入る準備ができていなかったなまえは海水が口の中に入りむせてしまった。



「ゴホッゴホッ!しょ、しょっぱい…」
「わ、ごめんごめん!大丈夫?」
「ゴホッ、な、何とか」



渋い顔をするなまえにケイトは慌てて謝る。なまえは苦笑を溢しながら、心配そうに顔を覗き込んでくるケイトに大丈夫だから、行こう!と言うとケイトもそうだね!と言って泳ぎ始めた。









しばらく遊んだなまえとケイトは、海の中から辺りを見渡す。見渡してみると夏休みの影響もあってか案外人がいることに気付いた。知り合いいるかなー、とケイトがキョロキョロと顔を動かす。



「もしかしたら誰かいるかもしれないねー」
「ジャックとかいないかなー」
「え!?」
「そしたらなまえも喜ぶのにー」



ジャックの名前を言うとなまえは慌てたように顔をケイトに向けた。ケイトはニヤニヤしながらなまえに視線を移す。



「まままさか、いいいるわけないよ、うん!」
「そうかなー。あいつらのことだからナンパでもしに来てんじゃない?」
「えぇっ!」



ジャックはともかくあのトレイとキングのことだ。彼らは魔導院でもタラシとして有名である。そんな彼らが海に来ないわけがない。かわいい子目当てで海に来るに違いない、とケイトは探偵のように語り出す。
そんなケイトになまえは内心確かに、と納得してしまうがハッと我に返りブンブンと頭を横に振る。



「じゃ、ジャックくんがナンパなんてするわけないよ」
「いやージャックも一応顔だけはいいんだし、トレイやキングに感化されてナンパしてるかも」
「ナンパ……ジャック、くんが…?」



ギュウギュウと胸の奥が苦しくなる。なまえの顔は今にも泣き出しそうな顔だった。そんななまえにケイトは意地悪し過ぎた、と慌てて謝る。



「ご、ごめんごめん!ジャックがナンパするわけないよね!あいつはなまえに夢中だし」
「え?………いや、ないって、ないない」
「………(そこは否定するんだ)」



ケイトから見てもジャックはなまえに夢中だってわかるのに、なまえはケイトの言うことを信じられなかった。だって私なんかをジャックくんが好きになるわけない、と卑屈ななまえにケイトはハァ、と溜め息をつく。
ふと浜辺のほうへ視線を移すと、見慣れた金髪が目に入りケイトはあっと声をあげた。



「?どしたの、ケイト」
「…アタシの推理が当たったわ」
「え?…ま、まさか」



ケイトの視線を追うようになまえも視線を移す。そこには見慣れた三人組の姿の他に、彼らがナンパしているだろう三人組のお姉さんの姿があった。
それを見てなまえは目を大きく見開く。



「なまえ…」
「ケイト…あれ、ジャックくんもナンパしてるんだよね…?」
「えっ、いや、ジャックはどうだろ…トレイとキングの後ろにいるから会話には参加してないような気が…」



ケイトは目を細めて三人組を見つめる。トレイとキングはいつもの如く、いやらしい顔を振り撒いているがジャックはどこか浮かない表情をしていて、ナンパには参加していないように思えた。不安げな顔をするなまえに、ケイトは仕方ない、と肩を竦めなまえの浮き輪を引っ張り浜辺へ向かって泳ぎ始めた。



「え!?ちょ、ケイト?」
「そんなに嫌ならあいつんとこ行ってナンパしないでって言いなさいよ」
「えぇ、む、無理だよ、だって彼女でもなんでもないもん」
「いいから!あいつもアンタ見たらナンパもやめるでしょ」
「う…そ、うかな…」



そう呟くなまえに、世話の焼ける子だと思うのだった。










「そこの海の家でゆっくりしましょう、私が奢ります」
「えぇー、どうしようかなー」
「コミュニケーションも兼ねて一杯やらないか?」
「ふふふ、コミュニケーションねー。あなたおもしろいこと言うのね」



いつものように女性を誘うトレイとキングに、ジャックは気付かれないように溜め息をついた。どうして自分までナンパに参加しなければならないのだろう。そうキングに抗議したが、なまえ以外の女性を誘うことができないならなまえを誘うこともできないぞ、ともっともなことを言うもんだからついつい着いてきてしまった。それを言われたときはそうかもしれないと納得しかけたが、いざナンパの場面になるといやこれはなんか違う、と思い始めた。
トレイとキングはノリノリだし、誘われた女性も満更ではないようでジャックは頭を抱えたくなった。



「そこの子は何て言うの?」
「!へ…?ぼ、僕?」
「僕だって、かわいいー!」



いきなり話を振られ目を丸くさせるジャックをかわいいと連呼する。
ジャックはかわいいと言われるのが好きではなく、かわいいかわいいと連呼する女の人たちにもわかるように不機嫌な顔をしてみたが、それに気付いた女の人たちは反省することもなくさらに、拗ねてる、かわいいと言い始めた。



「それでは海の家へ行きましょうか」
「ほら、ジャック、行くぞ」
「え、へっ、えぇ?!」



自分の周りを離れない女の人たちに困惑しながらキングを見つめる。キングはよかったじゃねぇか、と言うような顔をするもんだから今度は助けを求めるようにトレイを見つめた。トレイは表面上笑ってはいるが、本心はあなたばかりズルいですよ、毒を吐くが助けるつもりはないらしい。
こんなところなまえに見られたら、と思うとジャックは顔を強張らせた。



「ちょ、僕、行かない!」
「えぇー?私、あなたが行くから行くんだけど…」
「何言ってるんですか、ジャック。今さら恥ずかしがらなくてもいいじゃないですか」
「は!?」
「そうだぞ、お前がこの人が良いって言ったんだろ」
「え、そうなの?」
「恥ずかしがるだなんて本当かわいいねー」
「ちょ、トレイ、キング!」



トレイとキングは狙った獲物は逃がさない主義だからか、何としてでもこの女の人たちとコミュニケーションを取りたいらしい。ジャックはどうしたものか、と顔をしかめたら聞き慣れた声が後ろから聞こえた。



「ちょっと、ジャック!」
「!け、ケイト…なまえ、さん…」



振り返るとケイトが怒ったような顔をしていて、その後ろには見られたくないと思っていたなまえの姿があった。顔面蒼白になるジャックに、女の人たちは知り合い?とジャックに問い掛ける。その行動になまえはピクリと体が動いた。



「これは、その、違うんだ…」
「アンタ、なまえという人がいながらナンパだなんて…!」
「トレイ、ずらかるか」
「そうですね、行きましょう」



コソコソ言うトレイとキングに、ケイトはキッと睨み付ける。ビクリと驚いたあとトレイとキングは一目散に駆け出した。
こら!待て、トレイ!キング!そう言いながらケイトは二人の後を追う。走り出して行った二人に女の人たちは顔をしかめてハァ、と溜め息をつきながらどこかへ去っていった。
その場にはなまえとジャックが取り残される。



「………」
「………」



見られたくない人に見られたジャックはどうしよう、と冷や汗が垂れる。なまえのことが好きなのに、ナンパに参加するなんて男として最低だ。
チラリとなまえへ視線を移すとなまえもジャックを見ていたのかちょうど目が合ってしまった。



「あ…」
「ご、ごめん!ナンパに参加するつもりはなかったんだけど、トレイとキングに言いくるめられて」
「………」
「ぼ、僕は、あんな女の人たちよりもなまえさんのほうが良いし、なまえさんとコミュニケーションと、取りたいって思ってるから」
「………ふふ」
「!」



必死に何かを言うジャックに、何故か笑いが込み上げてきてたまらず笑ってしまった。突然笑うなまえにジャックは目を丸くさせる。



「…うん、ジャックくんがナンパするような人じゃないのわかってるつもり、だよ」
「…なまえさん…」
「でも、やっぱりちょっとショックだった、かな」
「!ごご、ごめんなさい!」
「えっ、いや、謝らないで!…彼女じゃ、ないんだし」



そう寂しそうに呟くなまえにジャックはギュウと胸が苦しくなった。ここは告白、するしかない、そう決めたジャックは拳を握り意を決して口を開こうとしたその時。



「なまえ!大丈夫?」
「!」
「ケイト!……トレイくんとキングくんは大丈夫…?」



タイミング悪くケイトに遮られ、ジャックは反射的に背筋が伸びる。そうっと振り返るとそこにはケイトと、頭に大きなたんこぶをつけたトレイとキングがいた。見るからに痛そうだ。



「全く、こいつら本当懲りないわね」
「私たちがいつあなたに迷惑かけましたか…」
「なまえのこと泣かすやつは間接的であっても許さないんだからね。ジャックも覚悟できてんでしょうね?」
「え?!いや、ちょ、まっ」



ズンズン近づいてくるケイトにジャックはお手上げポーズをする。そんなジャックの前にすかさずなまえが間に入ってケイトを止めた。



「ケイト、私は大丈夫だから!ありがとね」
「……そう?」
「うん!」
「まぁ、なまえがそう言うんなら…あ、そうだ、トレイとキングとジャックがご飯奢ってくれるってさ」
「「「え!?」」」
「え、そうなの?」
「うん、ほら行こう!いっぱい食べてやるんだから!」



ケイトはトレイとキングを連れて海の家へ歩き出した。項垂れるトレイとキングになまえとジャックは顔を見合わせ笑い合い、ジャックはなまえの手を取りケイトの後を追うのだった。





(あ、そういえばなまえさんを見つけたときから思ったんだけどさぁ)
(んー?なに?)
(その水着姿、かわいい)
(!?え、や、そそその…)
(((早くくっつけよこのバカップル)))


(2012/8/31)
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