∴ 5分遅れの待ち合わせ





今日は久しぶりのジャックとのデート。先週やっとテストが終わり、勉強から解放された。と言ってもまた一ヶ月半後にはまたテストがやってくるので完全に解放されたわけではない。テストのせいで勉強ばかりだったからジャックと過ごす時間も限られていたので、テストも終わったことだし、とジャックに映画に誘われた。もちろん断るはずがなく、私はお気に入りの服を着て玄関を飛び出す。

道中、やっとジャックとゆっくりできると思ったら頬が緩んで勝手にニヤニヤしてしまう。端から見たら怪しい女だ。



(早く着きすぎちゃった)



早く会いたい私は待ち合わせの時間よりも早く着いてしまった。時計を見ると待ち合わせの時間までまだ30分もあった。もちろんジャックはまだ来ていない。待ち合わせ場所はチョコボの銅像の前。ここはカップルがよく待ち合わせ場所として使う。そんなわけで私の回りはカップルだらけだ。なんだか少し恥ずかしい。



(…いいなぁ)



銅像の回りで私以外のカップルが手を繋いで幸せそうに笑っている。それを盗み見る私はやっぱり怪しい女に違いない。待ち合わせの時間が近付いてくるにつれ、時計を何度も見たり、顔をあちこち動かしてジャックを探したりする。カップルや行き交う人がいるお陰でジャックらしき人物は未だに見つからなかった。

そしてとうとう、待ち合わせ時間となってしまった。



(…いない、なぁ)



周りを見渡すがジャックの姿は見えない。時計を見ると、待ち合わせの時間から1分過ぎていて私はゆっくりとため息をつく。



(…今まで遅刻なんてなかったよね…)



ジャックとのデートの日、ジャックはいつも待ち合わせ時間の少し前にはもうそこにいて、私を待っていることが多かった。今日は私が待つ番か、と思いながらも不安の色を隠せない。携帯に電話かけようかな、と思ったが、たかたが1分遅刻したくらいで電話してくるな、と思われそうで私はジャックの電話番号を眺めることしかできなかった。



(……もう、5分だけど)



待ち合わせの時間からもう5分が経ってしまった。もう一度顔をあげてジャックを探すがやはり見当たらない。どうしたんだろう、何かあったのかな、と私の頭の中で最悪の事態が駆け巡る。



(もしかして、事故とか…?それか事件に巻き込まれた、とか…)



マイナスな方向しか考えることができなくて、段々と手が震えてくる。どうしよう、もしかしたら…!



「かーのじょ」
「!」
「なに、誰か待ってるの?」



いきなり話しかけられ顔をあげると、女慣れしてそうな人が私の顔を覗き込むように屈んでいた。状況がよくわからないままひとつ頷くと、その人はニコッと笑って口を開く。



「30分前からいるよね?30分も誰かに待たされてるの?」
「え、いや、あの…」
「あ、もしかしてすっぽかされたとか?」
「!そ、そんなわけ…!」



ないじゃないですか、と言いたかったのだが現に待たされてるわけで(たった5分だが)。しかしこの人、私が30分前からいるのをどこからか見ていたのか?だとしたら、少し怖い。私が何も言えないでいると、その人は慰めるように喋り始めた。



「かわいそうに…こんな可愛い彼女を置いてさ。ね、俺がどっか連れてってあげようか?」
「いっ良いです!」
「まぁまぁ、こんなところじゃなんだから、まずはお茶でも」
「ちょっ」



腕を掴まれ、強制的に立ち上がらせられる。どうしよう、振りほどくにも離すもんかと言わんばかりに強く掴まれていてビクともしない。怖くなった私は小声でジャック、と呟く。
すると聞き覚えのある声が耳に入った。



「何してんの?」
「あ?お前だれ?」
「何してんのって聞いてんの」
「はぁ?」



その声に私は顔をあげる。私とその人に立ち塞がるようにジャックが立っていて、少しだけ息が荒いような気がした。私がジャック!と声をあげると、その人は私を凝視してそれからジャックへ視線を移した。



「なんだ、この子が待ち合わせしてたのってこいつか」
「だからなんだよ」
「いや?彼女、30分も待ちぼうけしてたぜ?かわいそうにな」
「!」



ジャックは驚いたように目を見開かせ、私を見つめる。



「ち、ちがっ、私が勝手に」
「俺ならお前みたいな奴よりもこの子を大切にできる自信あるけど?」
「…あのさぁ、部外者は黙っててくれないかなぁ?あと、アンタみたいな人がなまえを大切にできる自信あるって?寝言は寝て言えってねぇ」



まるで挑発するようにジャックは言う。トレイやキングのときみたいにムキにならないジャックに、私は驚くしかなかった。ジャックの挑発に乗せられ、その人は声を荒らげる。



「んだよ、やんのかてめぇ」
「暴力で解決させようとするところとか野蛮だし、そんな奴が女の子を大切にできるとは思えないなぁ」
「言わせておけば…!」



その人はジャックに向かって思いっきり拳を振り上げて殴ろうとする。私はそれを見て背筋が凍った。しかしジャックはそれをスッと綺麗に避け、逆に相手の顔に拳を突き付ける。



「……っ!」
「言っておくけど、僕強いよ?今のでわかったでしょ」
「っち!」



盛大に舌打ちしたかと思えば私の腕を離して、その人は足早に去っていった。私とジャックの間に沈黙が走る。なんて反応すればいいのか、わからなかった。



「……はぁあー…」
「!じゃ、ジャック!?」



溜め息をついたかと思ったらジャックはしゃがみこんでしまった。慌てて私もしゃがみこみ、ジャックの顔を覗き込もうとするがそれは叶わなかった。



「!」
「ごめんね、なまえ…怖い思いさせて」



ジャックに抱き締められてるのだと気付き、ジャックの香りでいっぱいになる。私は大丈夫だよ、と呟くとギュウッと強く抱き締められた。抱き締められるのが嫌ではないが、こんな公共の場で抱き締めらるのはやはり恥ずかしい。



「じゃ、ジャック、恥ずかしいよ」
「ほんっとーにごめん…!」
「い、いやもういいから、」



大丈夫だと何回も言っても離さないジャックに、どうしたものかと項垂れる。待ち合わせの時間から10分以上は経っていて、早くしなくちゃ映画に間に合わなくなってしまう。



「ね、もう大丈夫だから映画行こう?」
「……やめた!」
「え?」
「今日はゆっくりしよ、ね?」
「え…い、いいけど」



そう言うとジャックはパッと明るい顔をして、私の手をギュッと握り歩き出す。ジャックが無事で安堵したのと同時に、ジャックの頼もしい一面を見れてジャックに惚れ直すのだった。



(2012/6/2)
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