罰ゲームならぬ褒美ゲーム



最近はトレイを観察するのが日課だ。
それをケイトやシンクに言ったら珍しいものを見るような目で私を見てきた。失礼だろう。


「いやだからってなんでトレイ?」
「トレイなんか観察して面白いの〜?」
「面白い云々じゃなくて、弱点ないかなぁって思ってさ」
「弱点?」


私がそう言うとケイトとシンクは揃って首を傾げる。トレイを見るのは私がトレイを好きだからなのもあるけれど、ずっとトレイを見ているうちに、奴に弱点というものはないだろうか、と何故か好きから逸れてしまった。もちろん、トレイのことは好きだ。でも、トレイの弱点を見つけることのが勝っているのが今の悩みでもある。


「そもそもさ、トレイを好きになるなんてアンタって物好きよね」
「えっ、そう?かっこいいじゃん、色んなこと知ってるし」
「その色んなこと知ってるのは凄いと思うけど、くどいのがねぇ…」
「周りがうんざりしない程度に話せば良いのにね〜」


もったいないよね、と二人は顔を合わせて言う。確かにくどいときもあるけれど、でもそんなとこ含めてかっこいいと思うし、私なら1時間は聞いていられる。そう言うと二人は「たった1時間!」と言って笑った。いや今はそれよりも。


「ねぇ、ケイトとシンクはトレイの弱点とかわからない?」
「えー?トレイの弱点ねぇ…あいつ頭はいいからなぁ」
「ん、頭がいいで思い出したんだけど、トレイって運動神経はどうなんだろ〜?」
「運動神経…?」
「トレイの武器って弓だし、そんなに動かないでしょ〜?筋肉量は少なそうだよねぇ」


シンクのその言葉に私はハッとする。弱点、運動神経、弓、これだ!
思い立ったが吉日、私は勢いよく立ち上がる。ケイトとシンクはきょとんとしていて、私はシンクの手をとって口を開いた。


「シンクありがとう!」
「へ?え、うん、どういたしまして〜?」
「私今から挑んでくる!」
「は?挑む?」
「じゃ、行ってきます!」
「あ、ちょ、なまえ!?」


ケイトの制止の声も聞かずに教室を飛び出す。この時間帯にトレイがいるところと言えばあそこしかない。
私はエントランスからクリスタリウムに続く扉を開けて、トレイの姿を探す。案の定トレイはクリスタリウムの机で本を読んでいて、私はトレイに駆け寄った。
足音に気付いたのか、トレイが本から顔を上げる。そして私を見るなり眉間に皺を寄せた。


「トレイ!」
「なまえ、クリスタリウムでは静かにと教わらなかったのですか?」
「勝負しよう!」
「はあ?勝負?一体何がどうなって勝負しように繋がるんですか」
「トレーニングで勝負しよ!負けたら、そうだなぁ、…あ、じゃあ罰ゲームで!相手の言うことを聞くってのはどう?」
「……あの、なまえ?話の意図が全くつかめないんですが」


困惑するトレイに、私は一旦心を落ち着かせる。はぁ、と小さく息を吐いた後、トレイを見据えた。


「トレイ、勝負して」
「何故です?」
「トレイを負かしたいから」
「また突拍子のないことを…でも、そうですか。私を負かせたいからトレーニングで勝負、と」
「そう!」
「罰ゲーム付きとは、余程自信があるようですね?」
「体力ならエイトには負けないよ!…ごめん言い過ぎた、エイトには負けるけどトレイには勝てる自信ある!」


ぐっと拳を握ってふふん、と鼻を鳴らす。私の言葉にトレイは驚いたのか少しだけ目を見開いていた。そして、ふっと笑みを浮かべる。


「その勝負、受けて立ちましょう」
「よっし!じゃあ早速闘技場へレッツゴー!」
「なまえ、クリスタリウムでは静かに…ああもう腕を引っ張らなくても行きますから」


後ろでぶつくさ言ってるトレイをクリスタリウムから引っ張り出し、私たちは闘技場に向かった。


闘技場に着くと鍛錬中だったエイトがいて、私たちに気付くと首を傾げた。


「なまえにトレイ?どうしたんだ?」
「エイト!ちょうどよかった。あのさ審判してくれない?」
「審判?」
「今から私となまえで勝負をすることになったんです」
「勝負?またどうして…」
「まぁまぁ!じゃあよろしくね!」


半ば無理矢理エイトを審判に務めさせる。トレーニングといえばまずは持久力だ。


「トレイ、今から闘技場を5周!どっちが早く回れるか勝負!」
「えっ、そんなに走るのか?」
「なまえ、それを無謀と言うんですよ」
「えー、トレイ自信ないの?」
「もちろん、走りきることは私にはできますが……」


そう言ってじとりとした目線を私に向ける。トレイにはできて、私にはできない、と言いたいのだろうか。そんなに自信あるのなら俄然やる気が出てきた。絶対トレイに勝ってやる…!


「私にできないことはない!エイト、合図お願い!」
「あ、あぁ…いいのか、トレイ」
「ふぅ…仕方ありませんね。エイト、お願いします」
「じゃあ、位置について。よーい…スタート!」


こうして私とトレイの持久走が始まった。





「はぁ、はぁ…うっ、はぁ」


良いスタートをきれたのに、残り二周に差し掛かったとき自分でもわかるほどスピードが落ちている。横腹が痛くなってきて息を吸って吐くのも辛くなってきた。
トレイはというと私の数メートル先を走っている。その背中に追いつこうと足を動かすけれど、なかなか差は縮まらない。誰だ、トレイに運動神経がないと言ったのは。誰だ、それを鵜呑みにして無謀な勝負を挑んだのは。


「はぁ、自業、自得、かぁ」


まさかあのトレイに持久力があったとは思わなかった。こんなことになるんなら挑まなければ良かった、そう思うけれど今更やめるわけにはいかない。
こうなったらこれ以上離されないように着いていくしか――。


「!う、わあっ!?」


集中力がきれたのか、足がもつれる。前のめりになった瞬間、足首に違和感を覚え、そしてそのまま地面へと倒れてしまった。


「いっ…」


地面に両手をついて倒れたからか手のひらが痛い。その上膝も擦りむいたらしく、ジンジンと痛み出した。こんなとこで転けるだなんて、格好悪いにも程がある。
痛みと情けなさに思わず泣きそうになって、何とか堪えようと唇を噛む。そのとき、私の上に影ができた。


「大丈夫ですか?」
「……トレイ…」


トレイは膝を折って、私と目線を合わせる。息一つ乱れていない彼に、私は肩を落として項垂れた。
そんな私に、トレイは優しく声をかける。


「怪我をしていますね。すぐに医務室へ行きましょう」
「え、い、いいよ、たいしたことないから」
「足首を捻ったくせに、何を強がっているんですか」
「うっ…別に、強がってなんか…」


ふとトレイの言葉に顔を上げる。
足首を捻ったって、なんで知ってるの?


「ずっと見ていましたからね」
「え?!」
「全く、あまり無茶をしないでください。あなたに無茶されると私が困るんですから」
「ご、ごめんなさい…」


何故トレイが困るのかわからないけれど、一応謝っておく。私が謝るとトレイは呆れたように笑って、そして背中を向けた。
首を傾げていると、トレイの顔がちらりと私に振り返る。


「早く乗ってください」
「は、え?乗るって、背中に?」
「無理に歩くと治りが遅くなります。医務室まで私が運んであげますから、さぁ、早く」
「え、えー、それはちょっと…」
「それともお姫様抱っこ、というのをご希望ですか?」
「乗ります、乗らせてください」


慌ててトレイの背中に乗る。お姫様抱っことか恥ずかしくて怪我どころか死ねるだろう。
トレイの背中に乗って、おそるおそる首に腕を回す。うわあ、これだけでも恥ずかしいのに、お姫様抱っこされなくてよかった。
トレイは私の足に腕を回して立ち上がる。いつもより高い景色に、トレイはこんな目線で物を見てるのかとある意味感動した。
不意に足音が聞こえて顔を向けると、エイトが私たちに向かって駆け寄ってきているのが見えた。


「なまえ、トレイ!大丈夫か?」
「う、うん、大丈夫、ごめんね、エイト」
「エイト、すみません。無理に審判をやらせてしまって…鍛錬の途中でしたのに」
「いや、オレは全然構わないさ。さ、早く連れてってやれよ」
「そうですね。では失礼します」


軽く頭を下げるトレイに私も一緒に頭を下げる。それをエイトは苦笑しながら、私たちを見送ってくれた。

闘技場を出たあと、トレイに背負われたまま魔導院へ向かう。何となく話し掛けるのが気まずくて黙ったままでいると、トレイが私の名前を呼んだ。


「なまえ」
「はっ、はい!?」
「今回は引き分けということにしておいてあげます」
「え?引き分け?」
「えぇ、私も5周回ることできませんでしたし」
「だ、ダメダメ!私の負けだよ、完敗でした、恐れ入りました」
「そう、ですか?」
「うん、もうトレイに勝負なんて無謀なこと挑まないから…」


もう私は何があってもトレイに勝負なんて挑まない。こんな恥ずかしいことをされてはトレイを直視できない気がするし、直視どころか頭も上がらないだろう。


「…では罰ゲーム、というのはまだ有効ですか?」
「あぁそんなこと言ったね…うん、もちろん有効だよ。煮るなり焼くなり好きにしてください」
「ふむ…そうですね、ではそうしましょう」
「え?マジで言ってるの?」
「えぇ、本気ですよ。なまえは私が責任を持って面倒見ますから、安心してください」
「ん?えー、う、うん?」


その言葉がトレイからの本気の告白だったと知るのは、もう少し先の話――。




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