人のため



「はあ?ツーマンセル?」


魔導院から隔離された9組の教室で呆れたような声が響く。教卓に立っている諜報武官はナギの言葉に頷いた。


「今回はツーマンセルで任務にあたってもらう」
「いやいやいや、なんでまたツーマンセル?」
「色々事情があってな」
「その事情ってのを教えてくんねぇと納得できないっすよ」
「…まぁ簡単に言うと、新入生の面倒を見てほしい。9組として初めての任務に一人では心許ないだろう」
「だから俺が一緒にやれって?」
「そういうことだ」
「…あのー俺これでもいっぱいいっぱいなんすけど」
「では入れ」
「オイ無視すんな」


ナギの言葉を華麗に無視しながら、扉に向かって声をかける。その声に教室の扉が静かに開いた。ナギは武官に呆れながら振り返る。教室に足を踏み入れる候補生に、ナギは目を見開いた。


「ツーマンセルって女とかよ!?」
「言ってなかったか?」
「新入生としか聞いてねぇって」
「そうか、それはすまない。では早速トグマへと向かってくれ」
「はあ?任務って今からなんすか?!」
「これも言ってなかったか?」
「初耳だっつーの!しっかりしろよ、全く」


はあ、と盛大に息を吐くナギに武官は苦笑しながら一枚の紙をナギに差し出す。それをナギは受け取り、一通り目を通したあと、四つ折りにしてポケットにしまった。
そしておもむろに目線を彼女に移す。


「お前、名前は?」
「なまえです、今日からよろしくお願い致します。ミナツチ先輩」
「うっ…そっちで呼ばれんの慣れてねぇからナギにしてくんね?」
「いえ、先輩は敬うものなので」


笑顔で自己紹介するでもなく淡々と言う彼女に、武官を振り返ると、武官は「こういう奴なんだ」と口にする。まるで昔の自分を見ているようで、ナギはまた溜め息を吐いた。







「いいか、今日の任務は」
「トグマの町の調査ですよね。夜盗が続いてるという依頼でしょう?」
「なんだ、知ってたのか?」
「今から任務に行くんですから、詳細くらい知っていて当然です」
「……そうだな」


真面目というかクールというか。新入生というのもあるからかやりにくい、とナギは感じていた。もしかしたら緊張してるのかもしれない。ふとそう思ったナギは緊張をほぐしてやろうと口を開いた。


「なまえってなんで9組に入ったんだ?」
「…あの、ミナツチ先輩っていつもそうやってヘラヘラしてるんですか?」
「えっ」
「…すみません、生意気言ってしまって。私なら緊張もしてないですし、心配は無用ですので」
「あ、そう…」
「それに……私にはそういう馴れ合いなんてする資格はありませんから」


突き放すような冷たい言い草に二人の間に沈黙が流れる。ナギはなまえの言葉を聞いて、違和感を覚えたが口には出さなかった。
それっきり二人はトグマに着くまで、会話をすることはなかった。







トグマに着いた二人は二手に分かれて調査を進める。相手にバレたらすべてが無駄になるため、民間人を装いながらの調査だ。
ナギは辺りに目を光らせながら、町中を歩く。


「(そういえばあの資格ってやつ、どっかで聞いたことあるんだよな)」


ナギはふと移動中に会話したことを思い出す。馴れ合いをする資格がない、なんて何故そんな資格がないと言い切ってしまうのだろうか。幼い頃の自分と似ているからかなぜか無性に気になった。
年頃の女が感情を表に出さないなんて今時珍しい。しかも、9組に入ったあと感情がなくなるのなら何となくわかるけれど、新入生であの状態はどこか引っ掛かる。
自分の勘違いであって欲しいと思いながら、不意に視線を感じてちらりと目を向ける。目線の先には、酷く荒んだ顔をした男が恨めしそうに町中を歩く人たちを見ていた。


「(あいつ、か)」


そいつが夜盗である証拠はない。だが民間人に危険が及ぶ前に始末したいのが本音だ。暫く様子を窺うとして、なまえに連絡をとCOMMを繋げる。通信が繋がったと思いきや、所々ノイズのような音が入った。


「なまえ?」
『ミナツチ、先輩…』
「!、おい、なまえ!?どうした?!」
『援軍を、』


ブツン。
何者かに壊されたのか相手からの応答も何も聞こえなくなった。ナギは舌打ちをしたあと、ふと町中で気になった人間の方へ顔を向ける。


「いねぇじゃん…!」


そこには先ほどまでいた人間が忽然と姿が消えていた。慌ててそいつのいたところへ駆け出す。
なまえは途中で捕まったのか、それとも襲われたのか。どちらにしろ、COMMに繋がったなまえは苦しそうだった。手遅れになる前になまえの姿を探し出す。援軍を、とかなんとか言っていたがそんなことしてる暇はなかった。


ナギはトグマの町中にある地区へと足を踏み入れる。そこは以前白虎にやられたせいかほとんどの家屋が焼け、廃屋と化していた。
それをひとつひとつ回っていく。ある廃屋に入ると、ナギは目を見開いた。


「なまえ!」
「!、その声、ミナツチ先輩、ですか?」
「ちょっと待ってろ、今縄を…」
「な、なんで来たんですか!これじゃあ相手の思う壺…」
「おーおー、やっぱり来たか」


第三者の声にナギは武器を構え、振り返る。そこには数人の人間が自分たちを取り囲んでいた。
その目の前にいる男にナギは眉間に皺を寄せる。さっきナギが警戒していた男とそっくりだった。


「その手にある武器…お前ら白虎の者か?なんでここにいる?」
「お前に言う義理はねぇなぁ。まぁ、生きて帰さねぇし言ってもいいんだが」
「はっ、夜盗だかなんだか知らねぇが、たかがその人数でトグマを制圧できるとでも思ってんのか」
「制圧?馬鹿なこと言ってんじゃねぇ。俺らは白虎になんか戻らねぇ」
「…なに?」
「だからといって朱雀や蒼龍、玄武になんかに堕ちんのも反吐が出んだよ」
「何が言いたい?」
「つまりだ。俺らは俺らだけで生きていくっつってんだ、よ!」


そう言い終わった瞬間、幾多の銃声が響き渡る。ナギはすぐになまえを抱え、天井にサンダーを放った。そこから脱出する。


「ミナツチ先輩…」
「怪我は?」
「右足を少々…、でも戦えます」
「ん、よし。無理はすんなよ、わかったか?」
「はい」


そう言わせるとナギは町中に降りる。背後から聞こえる複数の足音に、ナギは振り返った。


「俺が前衛だ。サポート頼んだ」
「任せてください」


そう言うな否やプロテスとウォールが掛けられる。準備が良いな、とナギは頬を緩ませながら小さく息を吸い、地面を蹴った。







「こんなもんか」
「これ全員気絶してるんですか?」
「まぁな」
「…………」


地面に転がっている数人の大の男。それを呆然と見つめるなまえを他所に、ナギはCOMMに通信を繋げた。


「あ、どうもナギっす。はい、あぁ、無事引っ捕らえました。数日もすれば目覚めるんじゃないっすか。そんで、あ、よろしくっす。そんじゃ」
「武官はなんて?」
「今すぐこいつらを引き取りに来るってさ」
「そう、ですか」


そう言うとなまえは目を伏せる。そして、ナギの側に来たと思ったら勢いよく頭を下げた。


「すみませんでした」
「へ?」
「油断していたとはいえ、敵に捕縛されるなんて…」
「あぁ、いや全然いいって。無事だったんだしさ」


ほら、頭上げろよ。
そうナギが言うとおそるおそる頭を上げる。しゅんとしているなまえに、ナギは笑いながら頭を撫でた。


「お前のサポートがあったから全員捕まえられたんだし、ありがとな」
「!、い、いえ…」


ナギの言葉になまえは慌てて顔を逸らす。不思議に思ったナギはちらりとなまえの顔を窺うと、頬がほんのり赤く染まっていた。
なんだ、そういう顔もできるんじゃん。そんなことを思いながら、ナギはふとある言葉が頭を過った。


「なぁなまえ、お前任務前俺にヘラヘラしてるか聞いてきたじゃん?」
「え、あぁ、言いましたね」
「あのな、笑ったり怒ったりするのって自分のためじゃねぇんだよ」
「え?」
「笑うのも怒るのも、全部人のため。人に自分は今楽しい!今イラついてるって伝えるため。資格とか言ってる場合じゃないんだ」
「…………」
「例えば一緒に任務したりする人のことを想うんだったら、ちゃんと表現しなくちゃいけねぇんだって」
「人のため、ですか」
「あぁ。それってさ、結局自分もハッピーになれるんだぜ。笑ったり泣いたりすんのってスッキリすっからさ。自分も周りの人も幸せになれるんだから資格とかいらねぇんだよ」
「…………」
「ま、これ全部受け売りだけどな!」


へへ、と笑って後頭部に手を回す。気まずくなったナギはなまえから顔を逸らした。


「……ナギ、先輩」
「!」
「あ、ありがとうございます」


小さな声が耳に届いたと思ったら、バタバタと足音が遠ざかっていく。振り返ればなまえの後ろ姿が目に映って、ナギは頬を緩ませた。




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